竹林軒:アーカイブ:映画

思しきこと言はぬは、げにぞ腹ふくるる心ちしける(大宅世継)

『ラスト・サムライ』に見る『逝きし世の面影』

lastsamurai.jpg日本を舞台にしたアメリカ製の映画と言えば、かつてはどうにもデタラメなものが多く苦笑を禁じ得なかったが、最近は考証もしっかり行われているようで、考証面では日本製の時代劇とまったく変わらない……

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映画を所有するぜいたく

kyoichikaikan.jpg映画は、大勢の人間が手間と費用をかけて作る芸術で、芸術分野の中でも最高に贅沢なものだ。総合芸術といわれるゆえんである。かつては、劇場でなければほとんど見ることができず、手元に置いておくなどということはまったく不可能だった……

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2005年9月26日、記

『ラスト・サムライ』に見る『逝きし世の面影』


lastsamurai.jpg 今さらながら、映画『ラスト・サムライ』を見た。
 日本を舞台にしたアメリカ製の映画と言えば、かつてはどうにもデタラメなものが多く苦笑を禁じ得なかったが、最近は考証もしっかり行われているようで、考証面では日本製の時代劇とまったく変わらない。むしろ、大道具などに金がかかっており、ディテールが良くできている点で、今の日本の映画界ではこれだけのものは到底作れないのではないかとも思う。この映画で舞台となっている村も、おそらくセットを作って再現しているようで、かなりの予算がないとこれだけのセットはなかなか作れない。黒澤明が『乱』で城を作って見せたが(それでも予算オーバーだったようだが)、できあがった城のあまりのチンケさに日本映画の限界を感じたのは私だけではあるまい。その点、『ラスト・サムライ』の村のセットは良くできていた。横浜の港もセットで再現していたようだが、こちらもなかなか良い雰囲気を漂わせていた。ただこちらは少し全体的に窮屈すぎる(狭すぎる)ような印象があったが、そういう雰囲気を出したいという制作側の意図かも知れない。
 実際、現在の日本では、時代劇のロケをしようと思っても、あらゆる場所で環境破壊が進んで、なかなか撮れなくなっているのだ。そのため、どうしてもセットをこしらえるかCGに頼るしかないのだが、(予算の関係で)なかなかリアルなセットは作れない。以前NHK大河ドラマの『武蔵』を見ていたら、公園の芝生(のような場所)に街道をこしらえていて、あまりのチャチさに笑ってしまったことがある。内田吐夢監督の『宮本武蔵』(1961年)を見ていたら、同様のシーンがロケで撮影されていて、しかもその風景が非常に美しかった。この数十年で失われたものの大きさに愕然とする思いだ(今はこういうシーンをロケで撮影できなくなっている)。また、映画版の『宮本武蔵』では、他のセットにもカネがかかっており、橋を(セットで)作って実際に川にかけているのではないかと思われるシーンもあった。現在の貧乏ドラマと黄金時代の日本映画を比べるのは酷と言えば酷だが、こんなに安直に作られた大河ドラマは、学芸会みたいに見えてしまう(役者の演技のレベルも学芸会並みだったが)。
 さて『ラスト・サムライ』だが、ロケをあまり利用できないにしても、金さえかければけっこうなシーンを作り出すことができるということが証明されたわけだ(もちろんロケで撮れれば一番良いわけだが)。ただ、合戦シーンはゴルフ場で撮影されているようで、これは少し安っぽい感じがした。時代劇の映画やドラマで合戦シーンを撮る場合、大体決まった場所があるのだが(採石場や野原)、この映画ではスケールが大きすぎて、すべてが収まる場所というのが見つからなかったのかもしれない。だが、いくらなんでもゴルフ場はないだろとも思う。
yukishiyo.jpg この映画では、江戸時代の風情を賞賛するように美しく描いていたため、その点が非常に気に入った。実はそういう映画が作られないかとひそかに期待していたのだ。幕末から明治初期に日本を訪れた異人の何人かは、江戸時代の日本の自然を絶賛しており、著書に書き残している。物質文明化された西洋人(現代の日本人と接点があると思う)が、江戸の自然環境に触れて、物質文明とは異なる良さをそこに発見(!)しているわけだ(モースやイザベラ・バードなど)。その辺の著述をまとめたものに、渡辺京二著の『逝きし世の面影』という著書がある(私は4,200円で買ったのだが、今は安価になったみたいだ。でも4,200円で買うだけの価値はある、絶対)。決して江戸時代の日本が理想郷であったとは言えないが、少なくとも物質文明に生きる人々に驚嘆を与えるような存在であったことを強調している。
 先日『百年前の日本 モース・コレクション[写真編]』という写真集を買ったが、やはりそういう「面影」は写真から伝わってくる。あのような自然景観は、今となっては破壊し尽くされて戻ってくることはないのだろうが、昔の映画(特に時代劇)を見たりすると、その面影をかいま見ることができる。だが同時に、その価値を知らず破壊の限りをしつくした、戦後の日本人の浅はかさにほぞをかむような思いもするのだ。
 『ラスト・サムライ』でも、そういう「面影」を、ある程度かいま見せてくれる。最初に出てくる相模湾からの富士山の情景は、江戸末期に日本を訪れた異人たちが賞賛している美しい風景だ。おそらく、本作の脚本担当者は、そういう著書も目にしていたものと思われる。「逝きし世」を再現しているという点で、この映画は一見の価値がある。映画としても全体的に良くまとまっていて、好感が持てた。

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2005年10月18日、記

映画を所有するぜいたく


 映画は、大勢の人間が手間と費用をかけて作る芸術で、芸術分野の中でも最高に贅沢なものだ。総合芸術といわれるゆえんである。かつては、劇場でなければほとんど見ることができず、手元に置いておくなどということはまったく不可能だった。
 そのため、なんとかそれに近いことをしようと、サントラ盤のレコードを買ったり脚本を手に入れたりして、涙ぐましい努力をしていた。総合芸術をなんとか手元に置きたいという熱望のなせる技である。
 ところが25年ほど前からビデオデッキが普及し、映画を手元に置くこと、つまり映画を所有することが可能になった。私の周囲の映画ファンも、ビデオデッキを初めて購入したとき、ともかくあらゆる媒体を通して、いろいろな映画を録画しまくり、自分のライブラリーを作るということに狂奔した。こうなると目的が変わってきて、集めること自体が目的になってしまう。しかもレンタルビデオ店が普及してくるに至って、その傾向に拍車がかかることになる。
 ビデオの普及は、ことほどさように映画ファンに一大転換をもたらした。
kyoichikaikan.jpg私の場合、初めてビデオデッキを買ったときは、それほどライブラリー構築の方向に走ることはなかった。というのは近くに名画座があって、そこに毎週のように通っていたためで、ビデオで映画を見るということにも少し抵抗があった。「映画は劇場で」と本気で思っていたのだ。レンタルビデオ店にも抵抗があった。だがやがて行きつけの名画座も閉館になり、私自身も首都圏に引っ越して、周囲に名画座がなくなってくると、今度は名画自体が見られなくなってくる。封切館で映画を見るというようなことはあまりなかったので、名画座がなくなることイコール映画館がなくなることである、私の場合。一方で、近所にはレンタルビデオ店が次々とできてくる。試しに入ってみると、見たかった名画があふれかえっており、今まで一生懸命情報誌で探し出して、電車を2時間乗り継いで見に行っていたような映画が、いとも簡単に見られるということに驚愕した。時代の変化を目の前に突きつけられたのだ。まさに『おじいさんのランプ』の世界だ。
 でレンタルビデオ店の会員になって、実際にビデオを家で見ると、「映画は劇場で」などというこだわりはどこかに吹き飛んでしまい、別に小さな画面で見ても変わらないじゃんということになって、私は劇場志向からビデオ志向に転向したわけである。それにビデオで見るときのメリットも大きい。途中で止められるし、まわりに不快な客がいることもない。劇場で良く映画を見る人には共感してもらえると思うが、結構いるんだ、へんなヤツが。ストーリーをしゃべったりするヤツとか、椅子の上に足を投げ出すヤツ(その足のすぐ横に私の頭があるわけだ)とか。特に名画座だとね。ヤツらの感性が理解できない。
 だが、同時に映画が非常にお手軽なものになった。今まで映画は、一方的に見せつけられて、こちらは受け身にならざるを得なかった。トイレに行きたくなったら中座するしかないし、眠ってしまったらその間のストーリーはわからないままだ。以前、見ている途中で眠ってしまって目が覚めたら終わっていたというようなことがあったが、こんなことになると悲惨だ。ビデオの場合、こちら側が制空権を握れるというか、こちらがすべてをコントロールできる。そのためか映画が軽くなったような感じさえある。
 その時点でもビデオをコピーして所有したいという気はあまりなかった。VHSビデオがやたらでかくてかさばるからである。将来、ケーブルテレビを引くことができて、8mmビデオデッキを購入することができたら、ビデオを集めようかなと考えていたのだ、そのときは。
 やがて、地方に引っ越すことになり、ケーブル・テレビと8mmビデオデッキが手にはいると、マイビデオコレクションが始まった。その頃、やたら仕事が忙しかったこともあって、ビデオのコピーでストレスを発散していたようなフシもあるのだが、結局撮るも撮ったり500本!ということで、さしもの8mmビデオテープも段ボール3、4箱分も貯まってしまった。しかもほとんどは見ていないのだ! 先日の引っ越しで、自分の愚かさにあらためて気付くことになった。
 しようがないので、今まで撮った映画を少しずつ見ていこうと決意しているのだが、いざ見ようとなると、どうも8mmデッキの調子が悪く、画像がやたらきたない。8mmデッキを使ったことのない人にはわからないと思うが、とにかく8mmデッキは壊れやすい。VHSの比ではない。1台目の8mmデッキは3回修理に出して、結局4回目は修理に出さず、現在8mm再生不可能な状態になっている(今使っているのは2台目)。8mmビデオシステムの脆弱性ゆえかソニー製であるがゆえか、その辺はよくわからない。いよいよ2台目もおだぶつか……どうなる、500本のビデオテープ!
 もう8mmビデオで映画を貯め込むようなことは絶対しない、今後映画を録画するんなら絶対(かさばらない)DVDだ(←全然懲りてない)。
 そういうわけでDVD-Rドライブ買いました。まったくしようがないもんで……
 今後はなるべく貯め込まないようにします。極力厳選するようにしますので、許して……(←ホントに懲りてない)

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