竹林軒:アーカイブ:放送

思しきこと言はぬは、げにぞ腹ふくるる心ちしける(大宅世継)

マニアの集い タモリ倶楽部

tamoriclub.gifこの『タモリ倶楽部』だが、毎回マニアックなテーマを取り上げて、タモリと数人のゲストで遊ぶという構成で、確かに安直といえば安直で、しかも下品で下劣なところもある……

続きを読むLinkIcon

8代目桂文楽のライブ映像

bunraku.jpgで、当然のごとく、桂文楽のCDも試しに聴いてみたりするのだが、これが、聴いていてあまり面白くないのだ。志ん生や圓生と人気を分けた人とは思えないくらいで……

続きを読むLinkIcon

遙かなり 木下恵介アワー

kinoshitakeisuke.jpg「木下恵介アワー」といえば、山田太一脚本のドラマが目白押しである。山田太一の伝説のドラマ、『二人の世界』や『3人家族』も「木下恵介アワー」だ。テレビ再放送としてはどれも今回が初めてじゃないかと思う……

続きを読むLinkIcon

昔のドラマ

kishibe-book.jpgCSのTBSチャンネルで『岸辺のアルバム』を見た。『岸辺のアルバム』と言えば、1977年にTBSで放送された山田太一原作・脚本のヒット・ドラマで、濁流に流される家屋のシーンがなかなか衝撃的で有名である……

続きを読むLinkIcon

「差別語」は差別的か

chibikuro.jpg最近、昔のドラマや日本映画を見ることが多いのだが、ときどき「きちがい」とか「おし」(うちのATOKでは変換すらできない)とかいう言葉が出てきて、見ているこちらが変に緊張してしまったりする……

続きを読むLinkIcon

新『赤い運命』の島崎直子役の女優

akaiunmei.jpg安直さを地でいくリバイバル企画が、昨年TBSで放送された、赤いシリーズの再ドラマ化である。かつて山口百恵主演で大ヒットをとばした『赤い疑惑』と『赤い運命』を現代風のアレンジでやり直すというものだが……

続きを読むLinkIcon

2005年3月15日、記

マニアの集い タモリ倶楽部

tamoriclub.gif かつてテレビ朝日のバラエティ番組『タモリ倶楽部』で「おかやま地産地消の歌」が取り上げられ笑いものにされたといって、私の知り合い(岡山で地産地消運動を推進している人)が怒っていた。残念ながらこの回は見ていないが、大体どんな感じかは想像できる(< ほとんど毎回見てるから)。
 私とて、民放のバラエティ番組については、見る価値のあるものはほとんどないと思っている。多くのバラエティ番組は、「バカ騒ぎしているだけで楽しいという若者」向けに作られていて、ほとんど内容が伴っていない。それに見せ方もつたない。バラエティ番組に限らず、日本の放送の質は年々低下しているというのが私の印象だ。
 で、この『タモリ倶楽部』だが、毎回マニアックなテーマを取り上げて、タモリと数人のゲストで遊ぶという構成で、確かに安直といえば安直で、しかも下品で下劣なところもある。PTA型の良識人には煙たがられるだろう。上記の知り合いが怒るのもわからないではない。だが、タモリをはじめとする世のオヤジなんてものは下品で下劣なもんである。一般的な良識だけで四角四面に判断すると真実が見えなくなる。
 前にも書いたが、本当に好きな人が好きなものについて語るのは、聞いていて非常に面白いものだ。この番組のキャスター(?)であるタモリは、かなりのマニア的嗜好があり、地図や船や鉄道など、オタッキーな分野でなかなかの知識を披露してくれる(船舶免許も持っているらしい)。企画にどの程度タッチしているかは知らないが、タモリの趣味が番組に色濃く反映されている。マニアのタモリ以外にも、その分野の専門家(というかマニアの人)がゲストで登場してきていろいろと解説したりするが、とても楽しそうに見える。
 先日などは、タモリと原田芳雄(2人とも相当の鉄道マニアらしい)が実際に鉄道車両を運転体験するという企画があり、原田芳雄みたいな大物俳優がこんな夜中の番組に出てきてタモリと遊ぶというのも意外であったが、またこの2人が楽しそうにというか幸せそうにというか、一生懸命電車を運転するのだ。「大人の遊び」を標榜する雑誌がいくつかあるが、まさに大人の遊びといったあんばいである。私は鉄道にはまったく興味がないが、マニアがマニアの知識を披露しながら遊ぶ姿を見るのはなかなか楽しいものである。
takibi.jpg 焚き火(04年3月16日放送分)がテーマの回もなかなか面白かった。この放送では、焚き火マニアがタモリ一行に焚き火の楽しさを伝授するという趣向で、親子向けの野外教室みたいな企画だったが、このときに登場した講師(マニア代表)が(民族楽器の回にも出ていた)関根秀樹という人で、『焚き火大全』というマニア本の著者の1人でもある。番組自体は、あまり芳しい結果にならなかった(予定通りにバームクーヘンができなかったりした。ただし盛り上がるには盛り上がったので番組としてはOKか)が、こういう焚き火の作法というか方法に興味がわいた私は、結局『焚き火大全』を買うことになったのだ(ちなみにこの本はかなり楽しめた)。このように、この番組から興味の対象が広がるということもよくある。
 番組の本題のテーマ以外にも、BGMが結構遊んでいて、謎解きを考えるのも面白い。たとえばなぎら健壱が登場するときは、「ぎーらぎーら太陽が」(安西マリアの「涙の太陽」)と流れたりなど。まあしゃれや語呂合わせの類だが、一般的なBGMの使い方とはあきらかに違うでしょ。ほとんどの人は気づかないんじゃないかと思っていたが(私も1年ほど前に気づき、鬼の首を取ったような気になっていた)、「ホームラン2号」というホームページで、タモリ倶楽部で毎回使われているBGMの謎解きをやっていることを知った。それにWikiPediaの「タモリ倶楽部」の項でもBGMのしゃれのことが紹介されていたので、案外有名なのかも知れない。
 タモリ倶楽部関連のホームページには、他にも「タモリ倶楽部のへや」がある。このホームページは、各回ごと(なんと98年1月からずっとだ)に内容を詳細に紹介しており解説を加えている。名物コーナー「空耳アワー」の解説ページもある(「空耳アワー研究所」)。さすがにマニア番組らしくコアなファンが集まっている。
 この番組もすでに20年以上続いているが、「徹子の部屋」みたいな名物長寿番組になるんだろうか。夜中に細々と続けていただきたいものだ。

上に戻るLinkIcon

2006年1月25日、記

8代目桂文楽のライブ映像

bunraku.jpg 私が落語を意識して聴くようになったのは30年ほど前だ。当時は、寄席関連のテレビ番組、ラジオ番組も今よりはるかに多く、意識していれば結構見たり聴いたりできた。当時まだ三遊亭圓生が存命で、彼の演ずる「死神」を聴いたのが落語に傾倒するきっかけだったような記憶がある。その後、レンタルレコード、CDが全盛になったときに、落語のカセットテープを何本も借りてきて、いろいろな噺家を聞き比べるというようなことをやっていたが、そのときに古今亭志ん生に出会った。もちろん当時すでに死んでおり、音でしか聴くことができなかったが、そのあまりのすばらしさというか面白さというか破天荒さにすっかり感服して、私の中では史上最高の噺家という位置づけになったのである。その後、私自身も志ん生のCDを買い集めて、この人が観客の影響をかなり受けるタイプ、つまり雰囲気でずいぶん質が変わる噺家ということがだんだんわかってきた。そのため同じ題目を演じていても、ライブ音源によって全然違うということがよくあるのだ。
 志ん生の全盛時代は、圓生の他、桂文楽などという人もいて、このあたりが戦後の落語黄金時代を引っ張っていったらしい。この時代は、ラジオ放送が全盛で、そのために落語も引っ張りだこになり、名人も多く出た。ありがたいことに、ラジオ放送のために録音された音源が今でもかなり残っている。で、当時の名人芸をCDなどで聴くことができるわけで、三遊亭金馬の「藪入り」や三笑亭可楽の「らくだ」など、いわゆる十八番芸もCDで出されている。志ん生の十八番芸「火焔太鼓」や圓生の「死神」も聴くことができるわけだ。で、当然のごとく、桂文楽のCD(もしくはカセットテープ)も試しに聴いてみたりするのだが、これが、聴いていてあまり面白くないのだ。志ん生や圓生と人気を分けた人とは思えないくらいで、確かに立て板に水のように話は流れていくのだが、どうも聞く側(つまり私ね)の琴線に触れずに通り過ぎていってしまう。客がいようがいまいが同じように話しているという印象で、このあたりは志ん生と正反対である。何でも、文楽という人は大変な完璧主義者で、噺もよどみなく展開させるような人だったという。俺は破天荒な志ん生の方が良いやなどとは思っていても、何となく気になる。音で聴いただけではわからない魅力があったのではないか。当時人気を分けていたくらいだからきっと何かあるに違いない、いつかライブ映像を見る機会があったらぜひ見てみたいものだ……とこう思っていたわけだ。(ああ、前振りが長かった……)
 で、今年の正月に、TBSチャンネル(CS)で『落語特選会スペシャル』が放送され、そこでこの8代目桂文楽のライブ映像が流れたのだ。文楽の映像は、圓生ほど多くはないが、わりに残っているようだ。だが、そのとき放送されたのはカラー映像で、カラーということになるとほとんど残っていないらしい(放送でも司会者が貴重だ貴重だを連発していた)。ちなみに志ん生のライブ映像(倒れる前の映像)は、2、3本しか残っていないようだ。私は「おかめ団子」という演目を見たことがあるが、やはり音だけとは違うもので非常に面白く、同時に大きな感慨があった。「幻の映像」という感じである。志ん生が映画に出演して落語をやっているというものも見たことがあるが、客がいないので、こちらはどうも「動いている志ん生」というそれだけの価値しかないと感じた。
 さて、文楽のライブ映像だが、やはり聴くと見るとは大違いで、この人の人気というのがうなずけるものだった。放送された演目は「愛宕山」と「つるつる」で、どちらも幇間(たいこもち)が出てくる噺だが、これが実にうまい。本当の幇間のようで、イメージの中でしか知らなかった幇間がリアルに浮き出てくるような印象を受けた。なんでも文楽の生前、本物の幇間が、文楽演ずる幇間のことを「本物より本物らしい」と表現したというが、十分うなずける話だ。
 司会者の山本文夫と解説の榎本滋民が、やはり文楽の完璧主義のことを話していたことが、こちらもなかなか興味深かった。たとえば、生放送のとき、上演している噺家に残り時間を伝えるために電球(3個あって10分おきに1個ずつ消えていくという)が噺家の目に付く位置に据えられるらしいのだが、文楽の場合、それが不要だったという。しかも、電球がないにもかかわらず、きっちり時間内に噺を収めたらしいのだ。確かにこのときの放送でも、上演時間はほぼ30分だった(厳密に計時したわけではないが)。
 だが一方で、榎本滋民氏によると、桂文楽が名乗っている8代目というのも、本来であれば6代目か7代目が正しいのだが末広がりでめでたいから8代目を名乗っていたなど、なかなかオツなところもあり、ガチガチの完璧主義者のイメージとは少し違う側面も持っていたようだ。
 ちなみにこの正月の『落語特選会スペシャル』だが、他に圓生の『猫定』(相当珍しい噺らしい)も放送された。文楽や圓生の後には、今の噺家、桂歌丸と柳家権太楼の演目が続いていた。かれらも現在の落語界では非常にうまい部類に入るが、昭和の名人の後にトリを取らされる形になったのは気の毒といえば気の毒であった。私はといえば、文楽と圓生の演目だけ見て、後はまったく見ていないのだ。まあ、歌丸や権太楼は、寄席に行けば見れるわけだし。忙しいときに時間を割いてまでと思ったわけである。ごめんなさい。

上に戻るLinkIcon

2005年3月19日、記

遙かなり 木下恵介アワー

kinoshitakeisuke.jpg ここ10年ほど、我が家ではケーブルテレビに加入してBS放送とCS放送を見ていたのだが、今回諸事情でいよいよやめることになった。
 当ホームページのドキュメンタリー評では、(ほとんど)NHK BSで放送されたものが対象となっているが、今後どうなるかはまったくの白紙。NHK BSは見たいのだが、アナログチューナーは今売ってないしデジタルチューナーは高価だしでちょっと二の足を踏むところだ(アンテナとデジタルチューナーで6〜8万円くらいかかる)。
 導入するにはBSよりもむしろCSの方が手頃。CSだとスカパー(SkyPerfecTV!)ということになるが、こちらは2〜3万円程度で導入できそうだ。たしかにCSは魅力的だが、それでもNHK BSには未練が残る……といろいろ考えながら、ネットサーフィン(<死語)していたら、CSのホームドラマチャンネルというところで、4月から約1年かけて「木下恵介アワー」を連続放送するということがわかった。
 「木下恵介アワー」といえば、山田太一脚本のドラマが目白押しである。山田太一の伝説のドラマ、『二人の世界』や『3人家族』も「木下恵介アワー」だ。テレビ再放送としてはどれも今回が初めてじゃないかと思う。私は山田太一のドラマを非常に高くかっているので、彼の初期の作品が放送されると聞いてはいてもたってもいられない。
 山田太一のドラマといえば、かつては連続ものが年中放送されていたが、最近では年に数回単発ものが放送される程度になった。ここ1、2年は単発ものでさえ放送されることが少なくなった。毒にも薬にもならない軽薄ドラマに押され、入る余地が無くなったのか(韓流ドラマって程度低すぎません?)。
 山田太一のシナリオもかつては大和書房から作品集というシリーズで出版されていたが、現在ではそのすべてが絶版になっている。この作品集が出たのはヒット作『ふぞろいの林檎たち』が放送された頃で、山田人気が絶頂だったときだと思う。今でも彼のドラマの質はまったく落ちていないのだが、放送局での扱いは大分変わっている。「悪貨は良貨を駆逐する」という言葉を地でいっているようでもある。
 一昨年、山田太一の代表作がNHK BSでまとめて放送され、そのときにあらためて見たが、テーマの切り込みの鋭さと問題意識の高さ、それからその問題に対して独自の視点で回答を示している点など、改めてその質の高さに感心した。絶版になった山田シナリオ本を古本で買い集めるようになったのもそのころからである。
 山田太一のことをいろいろ調べていると、昔(私が子どもの頃)親が一生懸命見ていたドラマがことごとく山田作品であることがわかった。『二人の世界』しかり『藍より青く』しかり『たんとんとん』しかり。だが、その初期の作品は、再放送されることなどほとんど(まったく?)ない上シナリオも出版されていないので、私のような山田ファンにとってはまさに幻の存在であった。『二人の世界』は昔見た記憶はわずかにあるのだが、内容はほとんど憶えていない。テーマ曲は憶えている。なんとなく萌え萌えだった記憶があるだけだ。それがホームドラマチャンネルで放送されるというのだ。
 私は一気に熱くなり、気持ちはスカパーに大きく傾いた。この機会を逃したら一生見れないかも知れないのだ(今まで一度も放送されていないのだし)。NHK BSはとりあえず置いといてスカパーを! ドキュメンタリー評はとりあえず置いといてドラマ評を! それにスカパーのTBSチャンネルでも山田ドラマが頻繁に放送されているし(昨年は『高原へいらっしゃい!』が放送された……うーん、見たかった)。
 スカパー! 何が何でもスカパー! BSはしばらく断念!
 しかし、最近にわかに貧困層に転落してしまった竹林庵(私のコトね)であることだし、数万円の出費もかなり痛いところだ。悩む。それにしても木下恵介アワー……

上に戻るLinkIcon

2005年4月11日、記

昔のドラマ

kishibe.jpg CSのTBSチャンネルで『岸辺のアルバム』を見た。『岸辺のアルバム』と言えば、1977年にTBSで放送された山田太一原作・脚本のヒット・ドラマで、濁流に流される家屋のシーン(実際に台風の濁流で流された多摩川べりの住居のニュース映像が使われていた)がなかなか衝撃的で有名である。
 本放送の時はテレビで見ておらず、その後も見る機会がなかったので、チャンスがあればみたいと思っていた。そもそも本放送の時は、山田太一の名前も今ほど有名じゃなかったと思う。『岸辺のアルバム』が出世作になったのではないかと記憶しているが、どう?
 小説バージョンもあり、私はこちらを読んでいたのだが、内容についてはあまり記憶には残っていなかった。やはり最後のシーンだけが印象に残っているという感じ。
 しかし今回見て、テーマが非常に今日的であり、しかもいろいろな社会問題がふんだんに盛り込まれていることにあらためて感心した。まだ第1回目しか見ていないのでこれですべてを判断することはできないが、渾身の作という雰囲気が伝わってくる。
 山田太一といえば日本のドラマ史でも傑出しており、しかも『岸辺のアルバム』はその中でも代表作なので、水準が高いのは言うまでもないんだろうが、ここ何日か昔のドラマを見て、どのドラマもある程度の水準が保たれていることを感じた。今回見たのは、『新橋烏森口青春篇』、『愛さずにはいられない』(ともにNHK銀河テレビ小説で放送されたもの)などだが、抜群に面白いわけではないがそこそこ楽しめ、片手間でも見ていられる。それこそテレビ・ドラマの真髄ではないか。
 一方で、ここ15年ほどの日本のテレビ・ドラマのていたらくといったらどうだ。ドラマに重厚さや問題意識が欠けていてもそれが問題だとは思わないし、単に楽しみだけのドラマがあってもかまわないんだが、それ以前に、「人に見せる話」として体裁が整っていないものがあまりに多い。登場人物の性格に一貫性がないとか、ストーリーが行き当たりばったりでデタラメとか、ご都合主義とか、パクリとか……。悪いが小中学生が話を作ったんじゃないかと思うような低レベルのものが散見される。いくら素人に毛の生えたようなシナリオ・ライターが多いからといって、ちょっとひどすぎる。もうちょっと勉強したら?と感じてしまう。
 それからマンガが原作になっているものが多いのも、レベル低下の原因ではないかと考えられる。マンガは、言うまでもなく、絵とストーリーをほとんど1人の作者でまかなっているわけ(原作者がいるものもあるし、アシスタントがいるのも重々承知しているが)で、ストーリー自体は全般的に質が低い。作画もストーリーもすべてに秀でている作者を求めること自体が酷というものだ。大体マンガ家を志す人は絵がうまく描ける人がほとんどで、ストーリーが大したことないとしても、マンガ家としてのキャリアにそれほどマイナスになることはないのだ(実際ストーリーは大したことがないものがほとんどだ)。マンガはある意味で総合芸術であり、そこからおそらくもっとも弱い部分であろうストーリーだけを引っ張り出してきて、それをドラマにするというのは、相当愚かしいことである。そろそろ、各テレビ局も本気でドラマを作ったらどうかと思うのである。ちゃんとしたドラマが作れないんだったら、過去の名作を(地上波で)もっと再放送するとかしたら良さそうなものだが、スポンサーの関係でそうもいかないのか。そんなわけで最近のドラマはほとんど見ていないのだ。
 ドラマについては言いたいことがいろいろあるが、また別の機会にぐだぐだ言いたいと思う。今日はこのぐらいにしといたろ。

上に戻るLinkIcon

2006年2月10日、記

「差別語」は差別的か

chibikuro-s.jpg 最近、昔のドラマや日本映画を見ることが多いのだが、ときどき「きちがい」とか「おし」(うちのATOKでは変換すらできない)とかいう言葉が出てきて、見ているこちらが変に緊張してしまったりする。今のテレビ番組だと、こういう表現があれば断り書きが出るのだろうが、こうやってそのものズバリを指す言葉が、本当に差別的と言えるのだろうかと良く思う。何にしろ、「〜が不自由」で言い換えれば良いってもんじゃないだろうにと思う。以前、阿川弘之のエッセイで、小松左京が「俺のことを小松のデブと呼ぶな、腰回りが不自由な人と呼べ」と言ったとか言わないとかいう話が出ていたが、今の放送界はまさにこれに似たような状況である。
 最近では「精神分裂病」という言葉までが「統合失調症」に置き換えられているとか聞くと、思わずなんだろなーと感じてしまう。「精神分裂病」と「統合失調症」とは言葉のイメージが全然違うんだがね……。
 高田渡の「生活の柄」という歌(作詩:山之口獏)をNHKで歌えなくなったという話をなぎら健壱がライブで話していた(最後に出てくる「浮浪者」がひっかかるんだそうだ)が、詩人が作った文芸作品だぞ、NHKよ!と声を荒げたくもなる。
 こんなことをしていると、物の名前だって、差別的な意味合いで使われるようになると、言い換えられるなんてことになりかねない。「豚野郎という言葉は相手をおとしめる差別語だ。これからは「豚」のことを家畜化猪と呼ぶことにする」なんてことになったら、誰だってアホかと思うだろう。
 実際、いわゆる「差別語」といわれている言葉には必ずしも差別的なニュアンスはないのだ。要は(そのものズバリなので)差別的な表現に使われやすいと言うだけで、だからといって普通に使う表現を切り捨ててしまって良いものだろうか。差別的にしか使われない「ジャップ」とか「ニガー」とかいう言葉とは、性質上違うと思うんだがどうだろう。
 そんなわけで今回、少し差別問題について考えるために『ちびくろサンボよ すこやかによみがえれ』という本を読んでみたんだが、これについてはまた、別項に譲りたいと思う。今回は問題提起のみ。

上に戻るLinkIcon

2006年1月20日、記

新『赤い運命』の島崎直子役の女優

sanmanoaji.jpg どうにも昨今のテレビ・ドラマの企画力の貧困さは目を覆うばかりで、「藁をもつかむ」というわけでもないのだろうが、リバイバルに手を出すケースが増えている。
 過去のヒット・ドラマを別のキャストでやり直して、あわよくば夢よもう一度という発想なんだろうが、安直な企画もついにここに極まれりという印象をぬぐえない。
 それでも、一昨年だったかフジテレビでやった『東京物語』と『秋刀魚の味』は、個人的には非常に評価している。ご存じのように元々は小津安二郎が1950〜60年代に作った映画が元になっているが、これを現在の環境に置き換えてやってしまおうという企画だ。しかも、例の小津調は、ドラマの中にほどよく残されていて、小津ファンが見てもあまり腹立たしくなるようなものではなかった。非常に構成が良くできていて感心した。意外だったのは、笠智衆がそれぞれでやった役柄を宇津井健が演じていたことで、宇津井健もそんなにジイサンになったかと時代を感じたものだ。
 だが、『秋刀魚の味』で、太平洋戦争を万博に置き換えていたのは、ちょっと苦しかった。本物の戦争を経済戦争にしたあたりは、確かに苦心の跡はかいま見られるが、良くなかった。全体的に出来が良かったので、そのあたりが残念であった。ただ、「こんなドラマ誰が見るんだ?」という疑問は、最後まで残った。小津のシンパであれば、オリジナルの映画を見た方が良いわけだし、小津に感心のない一般人からすると、こんな、起伏も大してないドラマを見る気になるものなのか少し気になった。面白い試みではあるが、あまり意味を感じない試みだというのが私の感想である。
akaiunmei.jpg で、安直さを地でいくリバイバル企画が、昨年TBSで放送された、赤いシリーズの再ドラマ化である。かつて山口百恵主演で大ヒットをとばした『赤い疑惑』と『赤い運命』を現代風のアレンジでやり直すというものだが、なんといっても当時爆発的な人気を誇って、独特の雰囲気を持っていた山口百恵の演じた役を今の女優がやるわけで、酷といえば酷な役回りである。
 実は、一昨年、CSで『赤い疑惑』と『赤い運命』が再放送されており、そのとき懐かしさもあって何本か見たのだ。ストーリーや演出は、今見るといかにも大映ドラマ的で気恥ずかしいが、山口百恵と三浦友和の演技はある程度抑えがきいていて、なかなか存在感があり、かつての人気もうなずけるというものだった。宇津井健はあいかわらず怪優ぶりを発揮していたが。『赤い運命』が放送されたとき私は中学生だったが、あのドラマで三国連太郎が演じているシマザキという男が結構アナーキーなやつで、私は子供心に恐怖心を覚えた。三国連太郎自体が、ああいった恐ろしい人間かと勘違いしていたほどで、先日見た折も彼の名演技には感心させられた。
 で、新『赤い』シリーズの山口百恵の役である。新『赤い疑惑』についてはあまり一生懸命見なかったのでよく憶えておらず、山口百恵のやった役をやらされるのはちょっと酷だよなという感想を持ったくらいでほとんど印象に残っていないが、新『赤い運命』の方は、旧『赤い運命』の、山口百恵演ずる「島崎直子」のあの陰りやけなげさがうまく再現されており、「誰、この女優?」という感じで、ちょっと見入ってしまった。この役を演じたのが綾瀬はるかという人で、私はまったく知らなかったが、すでにドラマや映画にも結構出ていて、写真集なども出しているらしい。ちょっと写真集のカットを何枚か見てみたが、ケバネーチャンという感じで、島崎直子役と全然印象が違う。ということは、綾瀬はるかはこのドラマで新境地を開いたということなのだろうか、山口百恵と同じように。現在、綾瀬はるかは、TBSの『白夜行』というドラマに出ているが、こちらも少し陰りのある役で、こういう感じで押していけば、面白い存在になるかもしれないという期待感を持たせる。先日は、News23に出て、朗読なども披露していたが、声がくぐもっているにもかかわらずなかなか良い雰囲気があって、やっぱり女優は雰囲気だよなと感じた。今後に期待できる数少ない女優の1人である。ただしドラマ『白夜行』は、どうにも暗くていけない。演出も昨今の日本映画風(ジェイホラーとでもいうんでしょうか?)で、テンポも悪く、あまり見る気がしない。見所は綾瀬はるかだけかな……と感じた。

上に戻るLinkIcon