竹林軒:新着記事

思しきこと言はぬは、げにぞ腹ふくるる心ちしける(大宅世継)

「竹林軒出張所」選集

ここ一番のCD

s-village.jpgソニー・ロリンズの『ヴィレッジ・ヴァンガードの夜』というCDがある。このCDは、ジャズの名盤を紹介した本では必ず紹介されるようなジャズの定番中の定番なのであるが、……

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天然の美

s-tennennobi.jpg「大正ロマンの歌」らしく「恋はやさし野辺の花よ」や「ホフマンの舟歌」などの浅草オペラで有名な曲も取り上げられている。第一線のオペラ歌手が浅草オペラの歌を取り上げるというのもはなはだ興味深い……

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2009年の歳時記 夏から秋

asahigawa-long-s.jpgたまに今日のように暑いと何だか新鮮である。こういうのが1週間も続いたら、カンベンしてください、私が悪うございましたというような気分になるんだろうが、まだまだ知れている……

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将棋中継解説者・聞き手ランキング

shogiban.jpgこのたび、僕が考える将棋解説者ベスト5というのを発表しようということになった。こんなランキングが何になると聞かれても困るのだが……

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関ヶ原参戦の記

ontaisho2.jpg僕は、関ヶ原の戦いに参加したことがある。他にも桶狭間、三方ヶ原、小牧・長久手に参加し、長篠は少し曖昧だがたぶん出たんじゃないかと思う。さらに時代を下って、幕末の戊申戦争や西南戦争、神風連の乱にも参加している……

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ヌード・クロッキー

conte2-s.jpg前回、たかだかヌードとたかをくくっていたこともあって、あえなく撃沈。あまりの口惜しさに、その後しばらくヌードばかり練習していた。今回は、その轍を踏むことのないよう、何度も練習を積んでからクロッキー会に臨んだのだった……

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大改造!! 劇的ビフォーアフター ホームページ編

beforeafter.jpg広大なインターネットの一角に、ある問題をかかえた一件のホームページがありました。竹林軒。
このページが抱える問題……それは……

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大学受験ラジオ講座回顧

brahms.jpgさて、「旺文社大学受験ラジオ講座」だが、今でも大学祝典序曲が使われているのだろうかと気になって調べてみたところ、なんと、すでに、1995年4月をもってラジオ講座自体が終わっていたことが判明した……

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過去のエッセイ選

過去のレビューは、「アーカイブス」のページからアクセスできます。

日常雑記:死んだネコの残したものは

死んだネコの残したものは…… 床下から猫の白骨死体

cat2.jpgで、昨日それが無事に終わったわけだが、その作業中に大工の1人が、「猫のミイラが出てきた」と、外で庭木の植え替えをしていた私に叫んだのだ。猫のミイラ……。すぐにいって見てみると、床下に猫の白骨死体があった……

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日常雑記:われ泣きぬれてクモとたわむる

渇水や われ泣きぬれて(はいないが)クモとたわむる

neko.jpgこのハエを狙って、ハエトリグモも窓に待機しているわけだ。ハエトリグモは、時々ジャンプしたり、くるりときびすを返したりして、なかなか動作がユーモラスだ……

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音楽:音楽のリサイクル

音楽のリサイクル

recycle.jpgしかしここ20年ほどの日本音楽界のパクリの横行は、少しひどすぎないか。ネットでもいくつか話題になっているようだが……

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放送:マニアの集い タモリ倶楽部

マニアの集い タモリ倶楽部

tamoriclub.gifこの『タモリ倶楽部』だが、毎回マニアックなテーマを取り上げて、タモリと数人のゲストで遊ぶという構成で、確かに安直といえば安直で、しかも下品で下劣なところもある……

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映画:『ラスト・サムライ』に見る『逝きし世の面影』

『ラスト・サムライ』に見る『逝きし世の面影』

lastsamurai.jpg日本を舞台にしたアメリカ製の映画と言えば、かつてはどうにもデタラメなものが多く苦笑を禁じ得なかったが、最近は考証もしっかり行われているようで、考証面では日本製の時代劇とまったく変わらない……

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過去のレビュー選

過去のレビューは、「アーカイブス」のページからアクセスできます。

書籍レビュー:『末期ガンは手をつくしてはいけない』

この本をすすめる本当の理由

makkigan.jpgほとんどのガンに外科手術、薬物療法、X線照射が有効でないというのは、近藤誠が『がんは切ればなおるのか』(新潮社)で提起した問題である。この問題提起は医学界を含むさまざまな領域に大きなセンセーションを巻き起こし……

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映画レビュー:アフガン零年:OSAMA(2003、アフガニスタン、日本)

圧倒的な迫力、アフガン版ネオリアリズモ

afgan.jpgこんな現実が存在すること自体が驚きだ。そして、こんな完成度の高い映画が、今のアフガニスタンで作られたということも驚きである(ロケも大変だったらしい)……

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ドキュメンタリーレビュー:エリックとエリクソン ~ハイチ ストリートチルドレンの10年

その後の仁義なき貧困

streetchild.jpg世界最貧国の1つ、ハイチの社会問題を、ストリートチルドレンを通して描くドキュメンタリー。10年前に取材した2人のストリートチルドレン、エリックとエリクソンのその後を追う……

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CDレビュー:翼 武満徹ポップ・ソングス/石川セリ

武満徹の愛した小品

seri.jpg武満徹の≪SONGS≫は、このところ何枚かCD化されていて、いろいろな歌手のものやアレンジが楽しめる。が、元祖はこのCDである。しかも武満自身が石川セリを指名してできたもので、死の直前まで枕元に置かれていたらしい……

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新着記事

ここ一番のCD

 ソニー・ロリンズの『ヴィレッジ・ヴァンガードの夜』というCDがある。このCDは、ジャズの名盤を紹介した本では必ず紹介されるようなジャズの定番中の定番なのであるが、グルーヴ感っていうんでしょうかね、どんどん前に進むような迫力がすばらしい。余談だが、この「グルーヴ感」という言葉、何となく気恥ずかしい気持ちがする。とくにウに濁点を付けて表記するとその感が強くなる。「ズージャはダンモ(「ジャズはモダン」の意)」と言うような言い方に通じるような気恥ずかしさである。「疾走感」とでも言えば良いだろうか……。とにかく後ろから押されるような推進力が心地良い。特に最初の「Old Devil Moon」から「Softly as in a Morning Sunrise」につながるあたりは最高である。
 ヴィレッジ・ヴァンガードというのは、ニューヨークにあるライブ・ハウスで、このCDはそこでの実況録音である。CDの写真は、ヴィレッジ・ヴァンガードのオーナーの肖像だそうである。喫茶ギャラリー・グロスのオーナーから聞いた話だが、裏は取れていない。
 疾走感があるせいか、仕事が大分進んでもう少しで終わりという状況、つまりラスト・スパートになったときにこれを聞くと、仕事がはかどってフィニッシュまでつなげることができるというわけだ。大変ありがたいCDである。
 ソニー・ロリンズは、聴き始めてからかれこれ20年になるが、こういう良いものもある一方で、あまり感じるところがないようなアルバムももちろんある。ジャズの他のアルバムでもそうだが、良いものは、こういう疾走感があったり迫力があったりして、何の先入観もなく聴いているにもかかわらず、お……と思う瞬間がある。一般的に評価の高いアルバムには得てしてこういうものが多い。
 仕事のラスト・スパートでは、この『ヴィレッジ・ヴァンガードの夜』に続いて、『ソニー・ロリンズ vol.2』『ソニー・ロリンズ vol.1』と聴いていく。アナタエンソウスル、ワタシシゴトハカドルである(なんのこっちゃ)。何度も言うが、大変ありがたいアーティストである。

2009年9月、記
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天然の美

 先日、『天然の美』というCDを図書館で借りた。塩田美奈子というオペラ歌手が出したCDだが、「天然の美」といえば、デモンストレーターというか……ま、いわゆるチンドン屋さんだが、よく演奏するあの定番曲で、何となく古いイメージがある。クラシカルという意味で古いのではなく、もっと下賤というか通俗的というか、そういった古さで、はっきり言ってしまえば「古臭い」感じである。このCDには「大正ロマンの歌」というサブタイトルが付いていて、要は、大正時代のはやり唄を集めたCDである。
 「大正ロマンの歌」らしく「恋はやさし野辺の花よ」や「ホフマンの舟歌」などの浅草オペラで有名な曲も取り上げられている。第一線のオペラ歌手が浅草オペラの歌を取り上げるというのもはなはだ興味深い。他にも「バイノバイノバイ」や「道頓堀行進曲」のような古臭い歌もある。当初、いくらオペラ歌手といっても、こういうものに手を出すのはいかがなものかと思っていたのだが、聴いてみるとそれなりに味わいがあって良い。エノケンのような下品な歌い方ではなく、どちらかというと、「お母さんといっしょ」の「歌のおねえさん」のような、明るくさわやかな(なおかつ少しあざとい)歌唱である。「ゴンドラの唄」、「宵待草」、「カチューシャの唄」などは、他の日本人声楽家にもたびたび取り上げる歌で、こちらもそつなくこなしている。
 この塩田美奈子は、美空ひばりの歌を集めたアルバムも出しており(『川の流れのように〜美空ひばりをうたう』)、「お祭りマンボ」や「愛燦燦」などがきれいな歌唱で聴ける。美空ひばりは、僕にとって、何度トライしてもなかなか良さがわからないタイプだった。だが、この美空ひばり歌集で歌われる、美空ひばりと似ても似つかないさわやかな歌声は結構好きである。同じ歌でも、こうまで違うのかと思うほどで、まったく別の歌のようにも感じられる。ただし、美空ひばりに特別な愛着を持っている人であれば逆の反応を示すかも知れない。
 この歌手、つまり塩田美奈子は、日本語で歌うということを重視しているようで、有名なオペラの歌曲を日本語で歌ったアルバムも出している(『オペラ・アリア集(日本語訳)』)。また、クラシックの名曲に日本語の詞を付けたアルバムもある(『愛を歌う』)。試みが成功しているかどうかはそれぞれで評価が異なるだろうが、なかなか意欲的で好感が持てる。だからと言って、このお方、今どきのビジュアル系クラシックとか奇をてらった企画とかの部類に入るような歌い手ではなく、経歴はなかなかのもので、まったく侮ることはできない。「羊の皮を被った狼」である(ちょっと違うか)。以前紹介した鈴木慶江にしてもそうだが、しっかりした実力を持ちながら、新しい音楽ジャンルに果敢にチャレンジするその精神は「佳きかな」である。

2009年9月、記
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2009年の歳時記 夏から秋

2009年8月3日

 昼間に出かける用事があったが、外に出た途端、久しぶりにアチィ!と感じた。
 今年はどう見ても冷夏のようで、猛暑もせいぜい8月だけかと思わせるような気候である。たまに今日のように暑いと何だか新鮮である。こういうのが1週間も続いたら、カンベンしてください、私が悪うございましたというような気分になるんだろうが、まだまだ知れている。今日なんか暑いと思ったのに最高気温32゜Cだから、去年であれば涼しい日ってことになるんじゃないだろうか。
 暑かったので記録のために写真を撮ったが、全然暑そうに映っていない。今日持っていったカメラにはファインダーがなく液晶で確認しながらシャッターを押すようになっているのだが、いつまで経っても、カメラから顔を離してシャッターを押すという操作に慣れない。うまく撮れないのはそのためかも知れない……。
s-summer.jpg カンカン照りの感じがまったく出ていなかったので、イメージソフトを使って色調を操作し、それらしくした。

  それらしくそれらしくした猛暑かな

  ファインダーを覗いてこその写真かな

2009年8月6日

空を見上げるとなんとなく秋の気配を感じる。まだ夏が来たばかりなのに気のせいかと思っていると、暦の上ではもう立秋(8月7日)と来た。今年は秋の訪れも早いのか……。
 秋みたいな風が心地良く、いつもと別の道を歩いた。

  青空に秋を感じて遠まわり

2009年8月17日

ss-semi.jpg 午前中は、さわやかな風が吹き、秋を思わせるような心地よさだったが、昼近くから夏の暑さが戻ってきた。
 街中でも蝉の声が響き渡っている。自転車で街を走り回っていたところ、アブラゼミが僕の頬にぶつかって、ジジジといいながら飛び去っていった。蝉が顔にぶつかったのは生涯初めてである。よほどマヌケな蝉だったのだろう。そこそこの痛みが頬に残ったが、加害者はとうに立ち去っているので、怒りのやり場はすでになくなっていた。
 そのまま川縁の遊歩道に入ると、蝉の死骸があちこちに落ちている。一瞬哀れみを誘うが、考えてみれば彼らは天寿を全うしていることになる。蝉はその生涯のほとんどを土中で過ごし、生涯の最後に生殖のために地上に出て来て、数日したら死ぬという。だから地面に亡骸が落ちているということは、捕食生物に食べられることもなく、おそらく(いわば老衰で)力尽きて落ちたんだろう。まさに大往生ではないか。後は身を蟻に託すだけである。こうしてかれらは現世の舞台を去るのであった。

  ゆく夏や蝉のなきがら経の声

自然界では、のたれ死に、すなわち大往生。

2009年8月24日

 8月の終わり頃、見たところ、灼熱だった前日と変わらないのに、空気だけがひんやりと涼しく、「あ、秋……」などと感じる日がある。気象学的に見れば、「大陸の高気圧が張り出して冷たい空気が上空に流れる」ということなんだろうが、そういう言い方をすると季節感も何もない。そういうマクロ的な見方ではなく、もっとミクロ的に感じるのが詩というものである。
 ともあれ、どうやら今日がその日に当たるようで、外はカンカン照りであるにもかかわらず、空気がなんとも心地良い。

  涼風にまばゆき光も秋模様

 空の色も心なしか透明度が深いように感じる。

  心地良き空気に空の青も濃く

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 今年は例年に比べ生活が厳しく、あまり明るい気分にもなれないが、季節は同じように過ぎ去っていく。自然は同じように繰り返すのであって、違うのは主観のみである。

  憂き身にも涼やかな風の通りゆく

2009年8月28日

 今日はいろいろ予定を立てていたにもかかわらず、まったく無為に過ごしてしまった。むなしくって仕方ない。

  一日を無為に過ごすも蝉時雨

 朝からなんとなく気分が優れなかったが、今日のように空がどんよりしていると、むなしさもひとしおである。ンモーッ!
などといろいろ考えているうちに、用事があるにもかかわらずそれができないからむなしさを感じるのではないかとふと気が付いた。はなから用事がなければ、無為に過ごしていてもむなしいという感覚にはなるまい……。というわけで、今日ははなから用事がなかったことにする。

  虚しさを捨て去るために虚無になり そうすることすら虚しと映る

 まったくもってなんのこっちゃである……

2009年9月2日

 9月になったにもかかわらず、昨日は変な1日だった。生きている実感があまり伴わないというか、時差ぼけみたいな感覚というか……。歯医者の予約まで忘れてしまうし、1日何をやっていたんだかよくわからないような茫洋とした感覚であった。
 今日は朝から空が秋色で、あまりに美しく、気持ちまでシャキーンとするようだ。どこかに出かけたくてうずうずするが、こんな日に限って家でお仕事だ。

 「水溜まりをのぞき込んでいるうち 頭がクラクラして 危うく空へおちるところだったよ」と言ったのはやまだ紫。
 「智恵子は東京に空が無いという」と高村光太郎は言う。
 「青空みたら 綿のような雲が 悲しみをのせて 飛んでいった」と歌ったのは武満徹だ。
 だから何だと言われても困るのだが、空はいろいろな思いを呼び覚ますんだろうということなんですね、これが。

 どこかに出かけたい、外に出たい、空の下にいたい……そういう1日でした。


 秋空や 気持ちばかりが野を駆ける

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2009年9月、記
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「将棋中継解説者」「将棋中継聞き手」ランキング


 ある日曜日の午前、ヒマをもてあましてテレビのチャンネルを変えていると、NHK教育テレビである女性が
「日曜日のひととき将棋トーナメントでお楽しみください」と言っていた。そのとき、日曜日の朝から誰が将棋なんか見るんだよと思ったものだが、それから十数年経った今、僕がこの将棋トーナメントをテレビで見る立場になった。
 『シリコンバレーから将棋を観る』(梅田望夫著、中央公論新社刊)という本で、「指さない将棋ファン」(対局を観て楽しむ将棋ファンのこと)が提唱されており、これがさまざまな層で賛同を集めたという。一般的に将棋ファンといえば、人と対局することを楽しむ人々を指すが、プロの対局を観戦して楽しむファンもいて良いじゃないかという発想で、同じような考えを持つ人も多かったようだ。
 かく言う僕もその一人で、アマチュア有段者でありながら実戦は非常に弱い。ただテレビの将棋対局は非常によく観ており、先述のNHKトーナメント以外にも銀河戦も見ているので、大体週に3局は見ていることになる。
 将棋に興味がない人にはまったく魅力はわからないだろうが、見ていれば結構面白さもわかる。ただ、僕も見始めて3年近くになるが、いまだに戦術や戦略についていけないことが多い。スポーツ中継の場合、これくらいの頻度で見ていれば、おおむね理解できるものだが、やはり将棋は奥深いということなのだろう。プロ棋士の思考なんて遙か彼方の世界である。そこで、対局中継にプロの解説者が必要になるわけである。
 対局の内容が良くても、解説者があまりうまくないと、見る方としては面白くない。対局がすばらしくて、解説が適切かつ面白いというのがベストである。というわけで、将棋中継において解説者が占める役割は非常に大きい。
 こういう次第で、このたび、僕が考える将棋解説者ベスト5というのを発表しようということになった。こんなランキングが何になると聞かれても困るのだが、将棋中継を見る際の参考くらいにはなるんじゃないかな。なにしろ日本人は江戸の昔からランキングが好きだから。
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1. 木村一基八段
2. 中川大輔七段
3. 福崎文吾九段
4. 井上慶太八段
5. 豊川孝弘七段
6. 畠山鎮七段

 独断ではあるが、木村八段や福崎九段はオモシロ解説にすでに定評があるところで、多くの将棋ファンに同意いただけると思う。また、中川七段は、僕が将棋中継を毎週見るきっかけになった解説者であり、切れ味鋭い語り口が魅力的である。このランキングはいわば暫定順位で、今後随時変動することになる。ま、誰も期待してないだろうが。





将棋中継解説者順位戦
ランキング(2009年8月現在)
 名人   木村一基八段    
 A級   中川大輔七段    
 福崎文吾九段
 井上慶太八段
 豊川孝弘七段
 畠山鎮七段



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 将棋解説者の善し悪しが将棋中継の面白さの大部分を決めると書いたが、聞き手についても重要である。ほとんどの場合、プロの女流棋士がこの役を務めることになるが、こちらも性格や将棋に対する熱意によって将棋中継が面白くなったり、今一つになったりする。もっとも解説する棋士との相性などもあり、一概にどの聞き手がすばらしいとは言えないかも知れないが(これは解説者の方にも当てはまる)。
 現在、NHK将棋トーナメントでは、矢内理絵子女王(この「女王」っていうタイトル名、何とかならんかね)が聞き手(本人は番組の最初に「司会」を名乗っている)を務めているが、さすがにタイトルホルダーだけのことはあり突っ込みが鋭く、その割におごった感じもなく、好感度が非常に高い。4月に中倉宏美女流二段から交代したのだが、矢内理絵子になるという話を聞いたときはゲーッと思ったものだ。それまで僕の中で非常にイメージが悪く、いつもムッとしている印象しかなかったためである。しかし将棋指しが対局中に怖い顔をするのは当然で、それまで対局でしか見たことがなかったため印象が悪かっただけなのだった。ときどき目にするきつそうな人が、話してみたら意外にいい人だったという感じである。
 NHK将棋トーナメントには、女流棋士が毎年一人参加するんだが、今年は矢内女王が予選を勝ち抜いて参加することになった。出場者が聞き手を務めているというわけで、当然出場する回は別の人が聞き手を務めるんだろうと思っていたところ、今週の放送ですでに矢内女王ではなく千葉涼子女流三段が出ていた。ちなみに矢内女王の対局は来週である。来週も千葉女流らしいから、もしかして将棋トーナメントは2回撮り?と勘ぐってしまう。
 そんなことはどうでも良い。で、以前の将棋解説者ベスト5と同じように、聞き手のベスト5も選んでみようと考えた。おそらく世界初の試みではないかと思う。対象となったのは、銀河戦中継(これがメイン)とNHK将棋トーナメント、囲碁将棋ジャーナル、さまざまなタイトル戦中継などである。
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1. 矢内理絵子女王
2. 山口恵梨子女流一級
3. 鈴木環那女流初段
4. 山田久美女流三段
5. 貞升南女流一級
6. 本田小百合女流二段

 将棋ファンでもあまり知らないような名前が出ているが、そこはそれ。
 意外なのは2位に入れた山口恵梨子で、銀河戦で2回見ただけなんだが、18歳にして堂々としており、しかも熱心さ、真摯さがいかんなく伝わってきて、好感度ナンバーワンである。昨年度までNHKに出ていた中倉宏美さんも癒し系具合がとても心地良かったが、うまい聞き手の人がたくさんいたため外れてしまった。この分野、将棋解説者部門よりも激戦である。ベスト10をやっても良いくらいだ。
 このランキングも暫定ということで、今後更新する(かも知れない)。別にしなくても良いって? まあそう言わず……。

2009年7月、記
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将棋中継聞き手順位戦
ランキング(2009年8月現在)
 名人   矢内理絵子女王  
 A級   山口恵梨子女流一級 
 鈴木環那女流初段 
 山田久美女流三段
 貞升南女流一級 
 本田小百合女流二段 


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関ヶ原参戦の記


 僕は、関ヶ原の戦いに参加したことがある。他にも桶狭間、三方ヶ原、小牧・長久手に参加し、長篠は少し曖昧だがたぶん出たんじゃないかと思う。さらに時代を下って、幕末の戊申戦争や西南戦争、神風連の乱にも参加している。
 何をほざいているのだと思われるかも知れないが、つまりテレビ映画のロケの話で、エキストラとして出ていたというわけ。
 かつて京都に住んでいたとき、金欠のためバイトに明け暮れていたのだが、秋から冬にかけて東映京都で大々的にエキストラを募集していたことがあって、これに応募した。撮影が終わるまで拘束されるが(逆に早く終わったらその時点で解放→報酬減)大半が待ち時間で、しかもいざ仕事といっても走り回ってるだけなので、大変楽で割の良い仕事である。特に始めたばかりの頃は、目新しいことばかりで結構楽しい。当時、民間キー放送局が年末年始に長時間ドラマを始めた頃で、ほとんどのキー局がこういった類のドラマを放送していたんじゃないかと思う。そのうちの多くが東映京都で製作されていた。そのとき製作されていた二大大作が『田原坂』(日本テレビ系)と『徳川家康』(TBS系)で、この撮影が当時の東映京都でメインになっていたため、僕も関ヶ原や桶狭間に従軍(参加)することになったわけである。
 画面に映るようなエキストラはプロがやるので、われわれバイトは足軽として後ろの方をワーワー言いながら走り回っている。足軽だから、脚絆や股引、簡単な鎧を着けて笠をかぶるいう出で立ちで、髷なんかは当然付けない。撮影中に笠が取れたら現代風の髪型が登場してぶちこわしになるので、それだけは気をつけなければならない。桶狭間では大雨が降っていた(人工的に降らせていた)ので疲労が蓄積して大変だったものだ(遠い目……)。
 参加したドラマをもう一度見てみたいとは思っていたんだが、どのレンタル店にもDVDが置かれていないようで半分あきらめていたところ、先日、近所のTSUTAYAで『田原坂』を発見した。というわけで『田原坂』のDVDを借りて見てみた。もちろん、ドラマ部分は飛ばしながら、合戦シーンのみに集中するのである。だから6時間くらいのドラマだが、40分くらいで見終わった。撮影中、本格的な鎧甲を着けて参戦(参加)したシーンが1つだけあって、神風連の乱なんだが、そこにしっかり僕が映っていた(ような気がする)。家人に教えても、はぁ?ってなもんで、まったく感動はないようだ。そういえば、実際の放送時にもビデオに撮って友人に見せたんだが、似たような反応だった。「これ俺!」などといっても、大笑いされて「絶対本人じゃなきゃわからない」と言われた。
 とは言っても久々にこの合戦シーンを見ると、いろいろな記憶が甦ってくる。なんだか懐かしくなった。

tokugawa.jpg 『徳川家康』の方は、DVDが出ていないものとずっと思っていたんだが、こちらもTSUTAYAにあることが分かり、早速借りてきた。関ヶ原の戦いでは、間諜の役でちょっとだけ映っているシーンがある(これも絶対に本人しかわからないが)。そのシーンは是非見てみたい。
 こちらのDVDでも、例によってドラマ部分は飛ばし合戦シーンをスキャンしながら見た。このドラマでもいろいろなことが甦ってきて懐かしくなる。三方ヶ原の戦いは出たことすら憶えてなかったが、このDVDを見て思い出した。京都近郊の河原(宇治川だったと思うが)で撮影されており、主役の人達も来てたよなあなどと思いながらね。そうそう、こういうドラマにありがちだと思うがほとんどのシーンは、京都近郊で撮影されております。浜辺のシーンは琵琶湖で、川辺のシーンは宇治川で撮影します(場所もほぼ決まっているようだ)。城が出てくるシーンは彦根城ですね。『徳川家康』では、彦根城がいろいろな城として登場しています。しれっと「……城」というテロップまで付いている。どれも一緒だっつーの。
 こちらは、ドラマ部分が割に面白くて、合戦シーンのみを見るつもりだったにもかかわらず、下巻に至ってはほとんど見てしまった。女好きの家康(松方弘樹)という設定も面白い。豊臣秀吉を緒方拳が演っているのもなかなかである。緒方拳の豊臣秀吉は、NHK大河ドラマでも再三再四演じられていて「ザ定番」である。真田広之の石田三成も実務家として表現されており、これも「ザ定番」になるんじゃないかというようなデキである。ちなみに監督は降旗康男で、『駅 station』や『鉄道員』を撮った人である。
 そうそう、関ヶ原でした。間諜のシーンは申し訳程度に出演していた。「本人しかわからない」というより「本人にもわからない」というレベルであった。
 関ヶ原では、他にもいろいろな陣営の足軽として参加しているはずなんだが、どこの陣営で出ていたかほとんど憶えていない。というより、出ていたときからわからなかったのか……。この衣装を着けてくれと言われるままに走り回っているわけだから、関ヶ原マニアでなければわかるまい。ただ、石田三成の部下になったことはぼんやりと記憶している。関ヶ原の最後のシーンで、石田三成が劣勢を感じながら突進を命じるんだが(これがハイライトになっている)、そのシーンを見ながら思い出した。
そうだそうだ、この中に俺はいたんだ……俺も討ち死にしたんだ……
 なにやらあの世からの回想のようだが、そういった中でドラマは終了し、家康様が天下を取ったのだった。なかなか面白いドラマだった。正月にゴロゴロ見るドラマとしてはなかなか良いんじゃないかと思った。

2009年7月、記
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神風連の乱(1876年10月24日)






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足軽の皆さん、走る


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かくて関ヶ原の戦いの火蓋は切られた


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足軽の皆さん、戦う


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御大将の旗色が悪くなる

ヌード・クロッキー


 先日、ヌード・クロッキー会に参加してきた。クロッキーというのは速写という意味だそうで、短時間で対象を描画することである。「クロッキー」ということばを使ってネットで画像検索すると、いろいろな作品が表示される。やはりよくできた作品は人に見せたいという心理が働くのだろう。
 かつてやたら人物デッサンをやりたくなった時期があって、あちこちでデッサン会みたいなものがないか探していたのだが、なかなか見つからなかった(東京や大阪だといくらでもあるんだろうが)。で、なかばあきらめていたんだが、いつも出入りしている美術館で半年に1回ずつヌード・デッサン会(厳密にはクロッキーの会だが)が行われていることが分かって、前回から参加しているというわけだ。個人的にはヌードでなくても良いんだがね……いや、ホント。
 前回、たかだかヌードとたかをくくっていたこともあって、あえなく撃沈。あまりの口惜しさに、その後しばらくヌードばかり練習していた。今回は、その轍を踏むことのないよう、何度も練習を積んでからクロッキー会に臨んだのだった。
 今回は、10分のポーズを6回、その後40分のポーズ、20分のポーズを2回というメニューだった(間に適宜休憩が入る)。前回は10分と40分だけだったが、10分のクロッキーと言えばしょせん練習のための描画という感じで、なんだかもの足りない。というわけで、今回20分のポーズを入れてくれるよう僕からお願いしたんである。

 さて、いざモデルさんが入場してくると、室内に緊張が走る。やがて時間になり、ガウンのような簡素な服をはらりと脱ぐ。室内の緊張感がピークに達する瞬間である。いきなり公の場で女性が裸になる瞬間は通常であれば目にすることはなく、考えてみれば相当異様な光景である。初めてのときはさすがにビックリというか少し引いてしまったが、今回は余裕しゃくしゃくである。
 いざ裸体が現れると、非常に恰幅の良いモデルさんであることがわかった。ルノワールがこの場にいればさぞかし喜んだだろう。今回が初めてであれば少しガッカリしていたかも知れないが、まあこういうのもアリかなと割り切ることができた。以前、銅版画の師匠に、ダンバラ・モデルのデッサン会の経験を聞いていたが、僕もついに同じレベルに達することができたわけだ(違うか)。
 ところがこのモデルさん、ポーズが非常に自然で、なかなか描きやすい。さすがプロ!という感じである。でもプロであるならば、もう少しスマートになることを目指すという選択肢もあるんじゃないか……などと考えながら、クロッキーに臨んだ。極力、このモデルさんの体からあふれ出るエネルギーを描きとろう(つまりはリアルに描こう)ということで、6+1+2枚のクロッキー(およびデッサン)ができあがった。あらかじめヌードの練習をしていたせいか、今回は前回のように惨敗ということはなく、そこそこのできかなと思えるようなものができた。そういうわけで、気分良く、美術館を後にすることができたのだった。
 そうそう、描画中、モデルさんがこちらを向く姿勢のときに、描き手を意識するかのような雰囲気が発生し、結果的に画家とモデルの葛藤といった状況が生み出された。まあ、僕の気持ちの上でそう感じただけだから、モデルさんはなんにも感じていない可能性が高い。だが、なかなかスリリングで面白い状況であった。そういう意味でも良いモデルさんだったんではないかと思う。またいつかこのモデルさんに対峙したいものだが、次回はもう少し細くなっていただけると大変ありがたい。あまりに太い方だと、人を描いているというより物体を描いているという感じになってしまうもので(その方が本来的には正しいのかも知れないが、僕は人を描きたいのだ)。ひとつよろしくお願いしたい。

2009年7月、記
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practice1-s.jpg
事前に練習したデッサン
(左は模写、右は写真から)

conte2-s.jpg
10分、黒チョーク

40pun-s.jpg
40分、鉛筆

kangaeru-s.jpg
20分、鉛筆

大改造!! 劇的ビフォーアフターホームページ編)


竹林軒へようこそ-s.jpg(ナレーション:サザエ)
 広大なインターネットの一角に、ある問題をかかえた一件のホームページがありました。

竹林軒……。
 このページが抱える問題……それは……

物件
華がなく、動線がこんがらがったページ、しかもアクセスがない……

 竹林軒は、容量わずか20MBの小さなホームページ。
 このページの特殊な事情が、管理人を苦しめていました。
 地味でアクセスしにくい、更新がない……なんといってもやる気が感じられない。
 なんとか、安心してアクセスできるページにしたい。

 そんな切なる願いを受けて、一人の男が立ち上がりました。


リフォームの匠、N村角太郎。

 見栄えのするページづくりに徹底した哲学を貫く、ホームページは芸術だ、そう信じる彼を人は「ゆとりと空間の創造者」と呼びます。
 そんなN村が今回挑むのは、重度の機能不全に陥った竹林軒。匠は、この家を健康なページ環境に改善することができるのでしょうか。

♪デデデデデッデーン

現場検証
 「華がないですねえ……それに動線がこんがらがっていて、どこに何があるかわからない……ふう(ため息)」
 このようなページに、匠はいかなる処置を施すのでしょうか。

検証結果
 アクセスが少ないゆえの地味なスタイルに
 大変なページだという印象を受けた

リフォームプラン
 アクセス性の改善と更新がしやすい環境
 華のある快適な空間に

 ゆとりと空間の創造者、N村の挑戦が今、始まります。

♪チャカチャカチャーンチャ チャカチャカチャーン……

beforeafter-logo.jpg

 華がなく、アクセスがない竹林軒。管理人も当初は更新の意欲があったものの、その地味さに引っ張られ、放置状態。楽しんで更新するにはほど遠い地味さ。ブログも更新しづらく、まったく手つかずのまま2年もの間、そのままでした。竹林も伸び邦題といったありさまです。
 老後のためにも安心して更新できるページにしたい。そんな管理人の悲痛な叫びを聞き、一人の男が立ち上がりました。
 リフォームの匠、N村。

ゆとりと空間の創造者が手を尽くしたそのリフォームの全貌をご覧いただきましょう。

チャーラチャーラチャーラチャーラチャーン……

竹林軒new-top-s.jpg地味でなんのページだかわかりにくかった、これまでの竹林軒。
 新装なった竹林軒では、落ち着いた「トップ」ページが、いつでもどのページでも簡単に移れるように……と配慮されました。リンクを十分整理し数多く設けることになりました。これまで風情などとはまったく無縁だった竹林軒の背景に寄り添うのは、竹林軒のイメージカラーの上品な緑。そして上に目をやると、そこには、
 なんということでしょう!
 目玉記事のリンクが、「竹林軒ダイジェスト」として、くるくる回っているではありませんか。ここで回っている画像をクリックすると、その記事に直接移動できるようになっているのです。
 どこに何があるか迷うことなく、安心して出入りできる「トップ」ページの向こう側には、想い出がいっぱい詰まった「アーカイブス」ページ。楽しく賑やかなかつての竹林軒の記事がすべてここに集められています。
 続く「アート」のページには、管理人さんの趣味の美術のためのスペースが設けられました。ここで、誰にいやがられることもなく、心おきなく作品を発表することができます。
 今まで更新が面倒で、そのために一切更新されることがなかった日記のページは、外部のエキサイト・ブログを利用することで、更新が簡単になりました。これからは毎日でも更新されることでしょう、きっと。

 こうして管理人さんが夢にまで見ていた、華のあるページが完成しました。
 華やかに生まれ変わったこのページを、管理人さんは喜んでくれるでしょうか。

 以下、喜びのシーン。

  • 竹林軒new-archive-s.jpg竹林軒new-art-s.jpg

2009年6月、記
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大学受験ラジオ講座回顧

大学祝典序曲から大学受験講座へ


(写真と本文は関係ありません)
th_harukanajachi.jpg 知人から『ドイツ学生の歌ベスト・アルバム』というCDを借りた。貸してくれたのはクラシックの好きな年輩の方で、この方のフェイバリットCDだそうだ。19世紀のドイツの大学生の愛唱歌を集めたCDということで、僕の方はあまり気乗りがしなかったが、借りたからには聞かなければならない。
 1曲目が「狐の行進を迎える歌」。タイトルからしてあまり食指が動かないが、とりあえず聞いてみた。で、びっくり。いきなり「旺文社大学受験ラジオ講座」のテーマ曲が流れ出した。このメロディはブラームスの大学祝典序曲のはず……。なるほど、ドイツの大学生が、大学つながりで大学祝典序曲からメロディだけ拝借して替え歌にしたんだななどと思いつつ解説書を読むと、話は逆で、「狐の行進を迎える歌」がオリジナルで、ブラームスが大学祝典序曲を作曲する際にパクったというか引用したというのが真相らしい。解説によると、ブラームスは大学祝典序曲で、このCDの2曲目「ガウデアームス」と3曲目の「ランデスファーターの歌」からもメロディを拝借しているらしい。早速2曲目、3曲目を聞いてみると、確かに「そうそうあのメロディ」という箇所がある。つまり、このCDでは、大学祝典序曲の引用元になった3曲を冒頭から並べているというわけだ。実に面白い。ちなみにブラームスは、オリジナルのメロディを作るのが苦手で、弟子のドヴォルザークの曲からオリジナルのメロディがとめどなくあふれ出るのをうらやんでいたという(<昔、どこかで聞いた話)。ブラームスは編曲の名人なのである。

 さて、「旺文社大学受験ラジオ講座」だが、今でも大学祝典序曲が使われているのだろうかと気になって調べてみたところ、なんと、すでに、1995年4月をもってラジオ講座自体が終わっていたことが判明した(Wikipediaより)。14年前に終わっていたのに今の今まで気が付かなかった。考えてみれば、ラジオもほとんど聞かなくなったし大学受験にも縁がなくなったので、気が付かなかったとしても別段不思議なことではないのだ。ただ僕自身、相当お世話になったので感慨深いものはある。

 以下は思い出話。

 僕は大学受験で結構苦労し、都合2年浪人したんだが、ラジオ講座は高3のときと1浪のときに聞いた。志望校のレベルが、当時の僕にとってあまりに高すぎたため、高3になってから、藁にもすがる思いでラジオ講座を聴くようになった。当初ラジオ講座は、ラジオたんぱの深夜枠で聴いていたが、あまりに受信状態が悪く(昼間は良いんだが夜になるととんでもないことになる)しかも眠くて仕方ないので、愛媛の南海放送の早朝の放送をカセットテープに録音するようにして聴くようになった。南海放送がなぜかよく聞こえたんである。ラジオ講座を始めたときは、なんだかレベルが低そうで(いやいや本当は僕の方がずっと低かったんだが)とうてい志望校に受かるのに十分だとは思っていなかったが、ペースメーカーとして使うのもありかななどと非常に傲慢なことを考えていたわけだ。たしかその頃のラジオ講座のテキストにも、読者からの質問として「ラジオ講座だけで本当に志望校に受かりますか?」という質問が紹介されていたので、多くの受験生にとって同じような感覚があったのだろう。僕の実感から言うと「志望校に受かるにはラジオ講座だけで大丈夫」ではあるが、自分の方のレベルが上がってくると少しもの足りなくなってくるのも事実である(もっと本質的な部分まで近付きたいという欲求が出てくるんだろう)。そういうこともあり、僕自身は2浪のときにはあまり聴かなくなった。

 洋楽の歌詞を題材にして英語の勉強をしようという講座もあった。これは面白かったので、2浪のときにも続けて聴いていたような気がする。こういうやり方は、外国語上達の上で最適な方法だと今では思うが、当時は少し邪道のような気もしていた。同じような講座は「百万人の英語」でもやっており、こちらも時々聴いていた。松山正男という先生が、ネイティブの女性(そうそう、思い出した、ロージー・ライドアウトさん)と一緒にやっており、まず歌を聴いてから、ライドアウトさんが詞を朗読し、その後松山先生の歌詞や単語の解説、最後に「もう1回聴いてみましょう」ということで、もう1回聴くという流れである、たしか。その後、決まり文句(いわゆるイディオム)や若干の入試問題を紹介したりしていた。
 当時、僕は洋楽をほとんど聴いていなかった洋楽童貞だったので、この講座を通じて知った曲は多い。ビートルズは曲によってはある程度知っていたが、ジョン・レノンやボブ・ディランはほとんど知らなかった。ビートルズとジョン・レノンはそれから数年して良さがわかるようになり、CDをすべて買い集めるほどになったので、この講座の影響は大きかったのだろう。

 それから講座の最後に旧制高校の寮歌をみずから歌う先生もいた。北大出身の中田靖泰先生は、札幌農学校のいろいろな寮歌を毎月歌っていた。僕は北大が志望校ではなかったが、おかげで「都ぞ弥生」(札幌農学校の寮歌)は憶えてしまった。京大出身の勝浦捨造先生は、第三高等学校の「紅萌ゆる」とか「琵琶湖周航の歌」とかを、叫ぶような声で披露していた。「琵琶湖周航の歌」は幻の6番だか7番だかも紹介していた。この人は三高(か京大か忘れたが)に入るときに3浪したらしく、「失敗したら何度でも挑戦すればいい。何度でも挑戦してそれでダメだったらあきらめる。それが大学です」と言っていた。浪人していた僕にはこの言葉が染みた。
 大学に入ると、ラジオ講座を聴いていたという同級生や先輩がいて、いろいろなラジオ講座講師の物まねをやったりして盛り上がったりするんだが、しばらくして勝浦捨造先生が死んだという話を聞いた。皆、一様に勝浦捨造は良かったと語ってしんみりした。
 数学の寺田文行先生は「数学の問題は解けるようにできている」と口を酸っぱくして言っていた。この先生は、声がよく通ってメリハリがあり、中身も面白いんで、聴いていて眠くなることはなかった。内容も密度が濃かった。
 僕が行っていた予備校の数学の先生が寺田氏を敵視するような発言を繰り返していたが(「僕みたいな優秀な人間が予備校で教えなきゃいけない」などと言う人で、僕は反感を持っていた)、あれは嫉妬だったんだろうか。今ふと気が付いたが、寺田文行氏は当時早稲田の教授で、この予備校の先生も早稲田出身だった。もしかしたら大学に残るとか残らないとかで何か因縁があったんだろうか。

 ラジオ講座は、時代によって講師も変わり、運営方法なんかも変わっているようなので、人とラジオ講座の話をして盛り上がるということもあまりないだろうが、ラジオ講座のことで話が合うとしたらやはり同年代ということになるのだろうか。その場合は、ある種、同窓会みたいな感じになるのかもしれない。僕にとってはラジオ講座が母校に近いような感慨もある。僕自身、実際の母校で親近感を持っているものがあまりない(予備校くらい)ので、余計に懐かしさを感じるのかも知れない。

各種リンク
大学受験ラジオ講座(Wikipedia)
大学受験ラジオ講座聞いてた人!!(2ちゃんねる)(← 一部で盛り上がっているが、やはりあまり続いていない)
勝浦捨造氏のエピソード

2009年6月、記
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