思しきこと言はぬは、げにぞ腹ふくるる心ちしける(大宅世継)

批評、随筆、芸術のアーカイブ・サイト……竹林軒

「竹林軒出張所」選集:映像

ハードディスクが搭載されたDVDレコーダーは非常に便利なのだが、撮り溜めができることもあり、例によって、撮ったものが見られることもなく溜まっていくことになる。

続きを読むLinkIcon

ハードディスクが搭載されたDVDレコーダーは非常に便利なのだが、撮り溜めができることもあり、例によって、撮ったものが見られることもなく溜まっていくことになる。

続きを読むLinkIcon

「竹林軒出張所」選集

映画の見方、その変遷

京一会館 ハードディスクが搭載されたDVDレコーダーは非常に便利なのだが、撮り溜めができることもあり、例によって、撮ったものが見られることもなく溜まっていくことになる。いつか見ようと思っていても、撮ったときの気分がいつまでも持続するわけではないので、撮った瞬間を逃すと、やがて見る気はなくなり、かといって消去してしまうのももったいないということで、そのままタンスの肥やしならぬレコーダーの肥やしになっていく。そういうわけで、時間があるときに少しでも消化していこうとすることになる。最近やたら映画(しかも古く、まったく旬でない映画)の投稿がこのブログに増えたのはそのためである。
 映画をよく見始めたのは京都に住んでいた学生時代で、僕の場合そもそもが教養の一環みたいな、いわば教養志向で見始めた(恥ずかしい限り)ので、おのずと名画を志向することになる。当時は京都にも伝説の映画館、京一会館が健在で、関西の名画座の筆頭格として君臨していた。洋画の名画座としては祇園会館(こちらは現存)もあり、この2館が僕のメイン映画館というかフランチャイズというか、ともかくよく通っていた劇場だったのだ。
 良い映画という噂があれば見たくなるのもこれまた自然であるが、なにしろ当時はレンタルビデオがまだ普及する前で、しかも映画館にかかる映画も数が知れているし、こちらが選べるわけではないので、見られるものも限定されていた。そうすると、京都だけでなく大阪や神戸の名画座まで足を伸ばすということも起こる。電車でかの地まで遠征してやっと見られる名画というのも、映画の中身はともかく達成感というのはなかなかのもので、これも一種のコレクションに違いない。映画は、完全に受け身の媒体であって、しかも人の手も金もかかり、上映するのさえそれなりの設備が必要という究極の贅沢芸術だったのだ。
 あれから20何年経ち、映画は「肥やし」化するまでになった。昔に比べると映画が随分軽くなったように思う。iPodで携帯することさえできるぐらいだ。軽いにもほどがある。時代と言ってしまえばそれまでだが、せめて見るときくらいは、以前と同様気合いを入れて見たいものだ……と軽い反省を入れながら「肥やし」の解消に余念がない今日この頃である。いやしかし、よくよく考えると、ものすごく贅沢でもったいない話だよなあ。

参考:
竹林軒ネット『映画を所有するぜいたく』
『まぼろし映画館』

2010年1月、記
上に戻るLinkIcon

「竹林軒出張所」選集

映画館の進化

 個人的には30年ほど前から映画をよく見るようになったんだが、映画館には当初から大変不満を抱いていた。
 1つには、イスが悪いと言うこと。両隣と肘掛けを共有しているために、隣に厚かましい人間が座ったら肘掛けはその人間に独占される。肘掛けくらい良いじゃないのと思うかも知れないが、厚かましい人間が得をしているようで理不尽な感じがつきまとう。ということになると、こちらも対抗して肘掛け奪取に動くと、これはもう映画の内容どころではなくなって、何をしに映画館に足を運んだんだかわからなくなる。結局、馬鹿な人間と肘掛けの取り合いをしただけで、不快さだけを身体の中に残して劇場を後にする。こういうことは実はたびたびあった。せめて肘掛けをそれぞれの座席に1セットずつ配備したらどうだとずっと感じていた。
 また、イスの前後の間隔が狭すぎるのも問題である。後ろの人間が動くと足が自分の椅子に当たって不快になる。少しくらいだったら気にしないが、たまにやたらイスにガツガツ足を当ててくる客がいて、一度「椅子を蹴らないでくれ」と文句を言ったことさえある。もっともそんなことを言ったりしたら、その後は映画どころじゃなくなるんで、こちらも何しに映画館に来たんだかわからなくなる。
京一会館 さらに、これは名画座でよくあった話だが、上映中にタバコを吸う客や、これも上映中に内容についてしたり顔で語る客(こういう連中は「客」と呼ぶことさえはばかられる)、上映途中から入ってきて、すぐ近くに座り、傍若無人(椅子を蹴る、タバコを吸う、肘掛けを奪うなど)の行為に及ぶ者など。上げたら切りがないほどだ。そういうわけで、僕は映画館から足が遠くなっていった。家でビデオを見られるようになったことも大きい。少なくとも客が殺到するような映画は、よほどのことがない限り行かなくなった。僕のようなコアなファンが行かなくなるんだから映画館が斜陽化するのは明らかで、地方の劇場がどんどん減っていったのは皆さんご承知の通り。
 横浜に住んでいたときにちょくちょく通った近所の二番館もご多分に漏れず客入りが少なく、その後潰れたんだが、客が少なかったために、さっき書いたような周囲の客とのトラブルが逆になくて、居心地は意外に良かったってんだから皮肉なものだ。実際、客が僕1人だったという貴重な経験は、この劇場でしか経験していない。つまり僕1人のために、映写機を使って一般の劇場空間で上映されていたのであるから、これはある意味最高の贅沢と言って良かろう。
 当時から僕が主張していた優れた映画館の条件というのは、他の観客のことが気にならずに快適な環境でスクリーンに集中できることで、そのためにはイスの改善、システムの改善、劇場空間の改善が不可欠だった。これについては実は大学のレポートで書いたことがあって、当時の僕の悲願だったんだが、あいにくこういったすべての条件を満たした劇場は今までなかった。
 とは言っても、娯楽産業の方も多少工夫を凝らすようになって、総入れ替え制にして途中入場禁止にするとか、飲食禁止にするとか、イスを豪華にするとか、それなりの工夫が見られるようにはなっているが、それでも客の試聴環境に配慮した劇場は皆無と言って良い。
グランシアター で、いよいよ本題。先日、近場にできた超豪華映画館に行ってみた。その名も「グランシアター」! 文字通りグランなシアターである。入場料もグランで2,500円と少々お高くなっているが、ワンドリンク付きで、イスが「全国初の全席電動フルリクライニングシート」と来ている。僕としては、「フルリクライニングシート」には別に大した感慨はないが、それぞれの座席に肘掛けが1セットずつ付いているという事実に着目したわけで、これは是非一度自分で体感してみなくてはと思ったのだ。もちろん今の僕には、こういう贅沢を堪能するような余裕はなく、招待券をもらったんで出向いたわけなんだが。
 あらかじめ劇場の情報を調べると、お金をもらっても見たくないような類の映画ばかりがかけられていて気乗りしなかったんだが、『ショート・ターム』という(どちらかと言うと)ミニシアター系の映画が昼間に唯一かけられていたんで、これを見に行くことにした。付け加えておくと、この劇場はシネコンの一部であるため、他のスクリーンとの間でいろいろな作品が持ち回りされている。だからたとえばこのグランシアターに1日中とどまっていると、毎回違う映画を見られる可能性もある。ただこの劇場には全部で46席しかないという話なので、ちょっと早めに行かないと満員で入れないかも知れないという危惧もある。
グランシアター ここまで下調べをした上で劇場に赴く。到着すると、シネコンらしく豪華な受付カウンターがしつらえられており、そちらで入場の手続きをする。全席指定ということになっていて、ここでモニターを見ながら席を指定できるようになっている。当初危惧したようなことはまったくなく、僕が入場する時点で占有されている座席は1つだけだった。そのまま劇場に入ると、ロビー(「ラウンジ」と呼ばれている)にもソファーがしつらえられており、バーのようなカウンターもある。ここで飲み物をオーダーすることになっており、上映開始までロビーで飲み物片手にくつろげるという算段になっている(先ほども言ったがワンドリンク付き)。僕は「白桃ピューレソーダ」というちょっとおしゃれかつ不思議な名前の飲み物を注文した(これがまた結構美味だったのだ)。劇場内にも持ち込めるようになっている。
 そしてついに、肘掛けが1セット揃ったイスを目にすることになる。でわかったのは、これは従来の映画館のイスの概念とまったく違うということで、言ってみればソファみたいなものだということ。いちおう2脚ずつ接してはいるが、それぞれのイスはほぼ独立している。「フルリクライニング」のシステムも予想以上に快適だ。イスには飲み物を入れるドリンクホルダーも付いているので、上映中飲み物をひっくり返すなどということもあまりあるまい。非常によく考えられている。特に目を引いたのは、前後の席との間にかなり広い空間が空いていることで、1列ずつほぼ完全に独立しているような印象である。前に座っている人間の頭すらほとんど見えないくらい距離が確保されておりかなりの段差もある。ボックス席であるかのような錯覚すら受ける。このように、イスについてはまったく申し分なく、理想に近い劇場と言うことができる。
グランシアター 唯一の難点は、スクリーンと最前列のイスがやや近いことで、最前列に座ると少し疲れるかもしれないという印象を持った。とは言え、リクライニングで寝そべって見ればかえって楽しいかも知れないし、アクション映画なんかだと、スクリーンに近いことでかえって臨場感が増すかもしれない。値段にしてみても高いと感じるかも知れないが、一般のロードショー館でも1,800円であることを考えると、500円弱の値段のドリンクが付いているわけで、それほど高すぎるという感覚もない。イベント感覚で行けば十分元が取れるんじゃないだろうか。
 さて、当初危惧していた客の入りなんだが、僕ともう一人の客以外結局入ってこなかった。最後まで2人で貸し切り状態で、しかも、僕の少し前の列に座っていたその客が視界に入ることもほとんどなく、その客がいることすら意識されることはなかった(先ほども言ったように、後ろからは前の客の頭がほとんど見えない)。ましかし、客が2人なら僕としては従来型の映画館でも全然問題なかったんだが……などと思いながら、帰路についたのだった。しかしこんな街中にシネコンができた日にゃ、周辺のロードショー館は廃業するしかあるまいな……とも思う。あるいは思い切って劇場空間を改装しお客様最優先の空間にしたら特徴が出せて客を呼び戻せるかも知れない。いずれにしても今までの映画館が客をないがしろにしすぎていたのは事実である。どこの映画館も生き残りをかけて発想の転換を図ってもらいたい……と勝手なことを書いて締めることにする。

参考:
竹林軒ネット『映画を所有するぜいたく』

2014年12月、記
上に戻るLinkIcon