上野茂都という人



インターネットがなければたぶんずっと知らないままで終わっていただろうという音楽や本があるが、この上野茂都(うえのしげと)という人はまさにそれ。
『Folk Village VOL.4 URCコレクション』というCD(雑誌広告か何かで知って近所の店で買った)→「高田渡」(CD『Folk Village』にライブ版の「自衛隊に入ろう」が収録)→高田渡の数々のCD(詩人・山之口獏の詩に曲を付けていることを知る)→コンピレーション・アルバム『獏 詩人・山之口獏をうたう』→「つれれこ社中」(CD『獏』で「たぬき」という歌を歌っている)→「上野茂都」(「つれれこ社中」のメンバー)。
この間、「高田渡」以降はすべてネットで調べて知ることになったんで、私と上野茂都との関わりはインターネット抜きには語れないということになる(そんな大層な……)。
それで、上野茂都(ソロでCDを4枚出している)のCD3枚と「つれれこ」(1枚)のCDを買った。ちょっと曲目を見てみるだけで、どういうコンセプトの歌い手かが推測できるだろう(と思う……)。
「炊事節」、「中飛車節」、「矢倉節」、「煮魚節」、「煮込み節」(以上『あたま金』より)、「型落ちブルース」、「焼き物百景」(以上『緑の人よ』より)、「手相節」、「おじやおやじ」、「漬物紀行」(以上『蕎麦屋の隅で』より)……。作詞作曲ともほとんどすべて上野茂都本人がやっている(先述の「たぬき」も『あたま金』に入っているがこれはもちろん山之口獏)が、メロディは大体、明治大正昭和期の流行歌調というか(「ズンドコ節」とかあの辺ですね)……そういうのが多いと思う。何せ上野茂都は三味線の弾き語りでうたうんだから。「つれれこ社中」で出しているものは、このほかに鈴木常吉(つれれこのメンバー)という人のアコーディオンも入っていて、なかなか良い味を出している。上野のCDも、三味線以外にピアノやサックス、チンドンなども入っていて、何ともカビくさいバックが味になっている。中でも上野耕路(上野茂都のお兄さんらしい)のピアノは、ジャズ調でありながら不可思議で面白い音を出している(特に「矢倉節」)。音の編成は、ファースト・アルバム(『あたま金』)がもっともカビくさく、段々モダンになっていくような感がある。どれもそれぞれ特色があって面白いが、セカンドの『緑の人よ』が一番とっつきやすいような気がする。
メロディや演奏も面白いが、上野茂都の特色は、タイトルからもわかるようになんといっても詞である。「おとうふ」の詞は
「おとうふに 紫蘇に茗荷に花鰹 おだてられたか若旦那 なめた一口汗をかき」
というもので、「矢倉節」の詞は
「七六歩 八四歩 六八銀なら 三四歩 七七銀 六二銀 二六歩ならば 四二銀」
というもの。「矢倉節」なんか、そのままじゃねえかと突っ込みを入れたくなるところだが、なんともとぼけた味わいがある。それにこの歌を憶えれば将棋が強くなるというおまけも付く。
もう一つ「煮魚節」の一節を紹介すると
「魚を煮ましょう煮る時は 下拵えのその後で 飾りの包丁しておけば 煮ていて形が崩れない」
とくる。この人の歌はやたら生活感が漂うが、詞というものは、愛とか人生とか、一般的に生活感からかけ離れたものが多いんで、そういう意味でも異色だ。奇をてらっているだけではない奥深さも感じる。実用にもなる(「矢倉節」以外にも「煮魚節」とかね)珠玉の歌の数々である。
ジャケットの絵も味わい深い。何でも本人が描いているらしい(この人は一体どういう人なんだろう)。
近いうちに4枚目のCD『布団が俺を呼んでいる』(これも人を喰ったタイトルだ)も買ってシリーズをすべて揃えるつもりでいる。なお、アマゾンにリンクを張っているが、アマゾンでは入手に時間がかかったり品切れ表示になったりしているので、欲しいお方は、「メタカンパニー」というところ(送料無料)でお求めになるのが良いかと存ずる(言葉が上野茂都風になってきた)。

投稿日: 火曜日 - 3 月 07, 2006 06:48 午後          


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