「竹林軒出張所」選集:社会
世の中タイガーマスクばやりだが、このご時世に一服の清涼剤みたいなさわやかさを残してくれる良いニュースであった(そろそろ終結しそうな感じではある)。 |
薄毛や抜け毛を治療する方法はないということは一般常識として知っているが、テレビCMで「発毛成功率96.8%」などと自信満々に言われると、いったいどんな治療をやっているんだと気になるものである。 |
「竹林軒出張所」選集
虎だ! お前は虎になるのだ!
「タイガーマスク運動」(2010年12月25日、「伊達直人」を名乗る30代のサラリーマンの男性から、群馬県中央児童相談所へランドセル10個が送られたことを皮切りに、全国各地の児童養護施設へ複数存在すると思われる「伊達直人」からの寄付行為が相次いだ件)に接して……。
世の中タイガーマスクばやりだが、このご時世に一服の清涼剤みたいなさわやかさを残してくれる良いニュースであった(そろそろ終結しそうな感じではある)。
便乗者がいっぱい出たというのも、日本も捨てたものではないなと思わせるような、ま、何とも心持ちがよい便乗である。
なんといっても最初にやった人が「伊達直人」を名乗ったのが良かった。僕の世代は「伊達直人」という名前には敏感に反応する。「恵まれない子ども達のために奮闘し、そのために命を狙われることになってもそれに屈せず闘う正義の人」というイメージがすぐに甦り、そのバックに「みなしごのバラード」の悲しいメロディが流れるのだ。クーッ!
僕なんかは、特にタイガーマスクで育った人間といっても過言ではなく、『タイガーマスク』が連載されていたマンガ雑誌『ぼくら』は毎月購読していた。月刊『ぼくら』が週刊『ぼくらマガジン』に変わったときも憶えており、同じ頃に『タイガーマスク』がアニメとしてテレビ放映されることになった。『ぼくらマガジン』創刊号の表紙も憶えており、「みなしごのバラード」の歌詞が掲載されていたことも記憶している。アニメ版の『タイガーマスク』は、マンガ版と絵が大分違っていて、しかも線が汚かった印象があり、最初は「ちょっと無理」という感じであったが、(僕みたいな)子どもにとってマンガ版よりも内容がわかりやすかったこともあり、次第に気持ちはアニメ版に移っていった。特に劇的だった最終回はおそろしく印象的で、いろいろなシーンをかなりはっきりと憶えていた。実はその後、中学生時代と浪人時代にほとんどの回を再放送で見たんだが、アニメ版『タイガーマスク』の印象は、年齢が上がっていくほどキョーレツであった。
浪人時代なんか、予備校の寮の同級生ほぼ全員でテレビの前に集まって毎回見ていたのだ(ちょうど夕食時だったため、夕食を交えての鑑賞会が行われていた)。話の内容はかなり荒唐無稽だが、しかしそのストーリーの世界の中で整合性がとれている(これがリアリティというものである)ため、見ていてまったく気にならない。それどころか、あまりに不気味な描写にたじろいだことがあるほどである(「赤き死の仮面」の登場シーンなど)。
そういうわけで『タイガーマスク』が僕の中で確固たる地位を占めているので、「伊達直人」という名前を久々に新聞で見て、僕も少しウルウルきたのである。だから、便乗した人の気持ちはよく分かるような気がする(僕はしないけど)。こういった気持ち良いニュースが毎日羅列されると、良い気分になるというものだ。かれらの善意は、プレゼントを贈られた人々だけに向いているのではなく、僕のような無関係のギャラリーにも向けられているのだ。僕も善意を皆さんに分けられるようがんばります……という気持ちにさせてくれる。佳き哉……である。
2011年1月、記
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「竹林軒出張所」選集
おそるべし、頭髪産業
薄毛や抜け毛を治療する方法はないということは一般常識として知っているが、テレビCMで「発毛成功率96.8%」などと自信満々に言われる(リーブ21)と、いったいどんな治療をやっているんだと気になるものである。息子から「本当なの?」と訊かれ「あんなの嘘だよ」と言いながらも、心の片隅に「本当なのかな……」と思ってしまう自分がいる。少なくともそう言いきるだけの根拠はかれらにあるんではないか……とこう考えてしまう。合理主義の極みみたいな僕でさえそうである。信じ込みやすい性格でしかも頭髪に不安を抱く人であれば、ついふらふらとコマーシャルに誘われて、かの発毛無料体験とやらを訪れてもなんら疑問はあるまい。
もちろん僕はあんなところに行く気はまったくないが、訪問体験記みたいなものがあれば是非読んでみたいと思っていた。そういうわけで『育毛物語』(双田譲治著、コモンズ刊)という本を借りた。この本の著者は、さまざまな育毛・発毛サロンの無料(または有料)体験コースを訪れており(いわば潜入取材)、その体験記がこの本の前半部分である。訪れたサロンは、件のリーブ21の他、アートネイチャー、アデランス、テクノヘア、プロピア、バイオテックで、その他にも消費生活センターを取材している。
このような企業と利害関係がないためか、記述は率直で、遠慮もよどみもない。結論から言うと、発毛・育毛という点ではどれもインチキで、異常に高額、しかも妙ちきりんな機械や薬品を大量に買わせるという点で、エセ宗教団体に非常に近い。要するに詐欺である。これだけの詐欺行為が行われていながらマスコミが一切報道しないのは、言うまでもなく育毛・発毛産業が広告料収入源のお得意様であるためだ。
無料体験(中には無料とうたいながら金を取るところもある……こういうレベルからして詐欺的)で誘って、高額な契約を結ばせるというやり方で、巷の悪徳商法とまったく同じである。金額は、1年間コースで約50万円(アートネイチャー)から170万円(リーブ21)とさまざまだが、リーブ21の全額保証コース(発毛しなければ全額返却するといううたい文句)に至っては、2年コースで745万円だと! ブッタマゲーション! 恐るべき集金システムである。
実際に行われている施術はどこも似たり寄ったりで、しかもどれもアヤシイ。中には電気を身体に流すなど大変危険なものもある。使うシャンプーは、生薬を中心にした身体に安全なものとどこもうたっているが、実態は合成洗剤(界面活性剤)で、これも嘘。とにかくあらゆることが嘘のオンパレードである。危険な薬剤を処方するところもあり、髪がたとえ一時的にはえたとしても、身体に何らかの異常が出る可能性も高い。ともかくその実態はすごい。想像以上で、腰を抜かさんばかりだ。よくもまあ、平気でこれだけ嘘がつけるなという業界である。「発毛成功率96.8%」も推して知るべしだ。
ちなみに『育毛物語』の後半は、医療機関など、発毛に対して第三者的な意見を述べる機関への取材で構成されている。サロン側とこちら側では価値観というかものの見方がまったく違うという印象で、そういう点からも頭髪業界の異常さがわかる。
『育毛物語』(本)
育毛物語
双田譲治著
コモンズ
上で取り上げた『育毛物語』。
二部構成で、前半は「サロン編」(さまざまな育毛・発毛サロンの無料(または有料)体験コース訪問記)、後半は「医療編」(発毛医療機関や通常の医療機関などでの取材)。前半が現在の育毛サロンの現状報告で、後半がその論理的整合性を医学的見地から検証するという構成である。
「サロン編」で訪れたサロンは、アートネイチャー、アデランス、リーブ21、テクノヘア、プロピア、バイオテック。その他にも消費生活センターを取材しており、育毛・発毛サロン関連の苦情や問題点を訪問体験と照らし合わせながら聞き出している。
そもそも、著者自身、髪の毛が気になるという動機でサロン、医療機関を回っているため、実際に訪れる人達と同じ立場の訪問体験記になっており、その点、単なるジャーナリズム的アプローチよりも親切といえば親切。サロン側の詐欺的手法を、実際の被害者(?)と同じ立場で感じており、非常に好感が持てる。著者はフリーライターらしいが、随所に(聞いたこともないような)複雑な薬剤の名前が出てくる。そっち方面の専門家かとも思ったが、代替医療や健康関連が専門だとかで納得した。
本書で暴かれている育毛・発毛サロンの実態は、あまりにすさまじく、こちらの印象としては、(一時期問題になった)詐欺的なリフォーム業者や、高いリトグラフを売りつける詐欺的な街頭美術販売などと変わらない……というよりもっとひどい詐欺である。テレビなどのマスコミを使ったイメージ戦略で平然と悪徳商法を続け、マスコミを丸め込むことで告発を回避するどうしようもない人々という印象を受けた。
サロンでは、どこも異口同音に、油脂成分が毛穴に詰まって発毛が阻害されるという主張を繰り返すが、その論理的根拠については、後半の「医療編」で検討される。この主張はいうまでもなく、他の主張も、現在の医学的常識と照らし合わせてデタラメであることが浮き彫りにされる。もちろん微妙な点もあるが、それについても人によって意見が分かれるような問題で、こういうことを根拠に断定的かつ脅迫的に客を脅す手法は許し難い。
「医療編」では、発毛・育毛を扱っている医療機関も登場する。施術については、サロン同様疑問が残るが、サロンと比べて価格が異常に安い。「異常に安い」というのはサロンと比べた感覚で、普通の医療機関と比べると割高である。しかし本当に自らの施術に自信を持って社会に奉仕するなどという立場をとるなら、このくらいの価格でも十分経営を維持できるということで、サロンは明らかに不当に金を巻き上げているということになる。
ともかくこの本で、業界のいろいろなことがわかる。しかも足を踏み入れる気にもならない詐欺的な場所にも潜入取材していることを考えると大変有用である。「サロン編」と「医療編」の二部構成も、読み終わってみるとよく考えられていると思う。随所にユーモアもちりばめられていて読みやすく面白い。
★★★★
2009年12月、記
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