「竹林軒出張所」選集:回顧
『昭和子どもブーム』を読んで以来、昭和レトロにはまっている僕であるが、もちろん昭和レトロといっても子どもの頃ほぼ体験していることばかりなので、レトロ感覚を味わうというよりも懐かしさに浸るという感覚である。 先日予告したように、『真空飛び膝蹴りの真実』、読みました。 先日からキックボクシング付いている私でありますが、ついに異常な関心が高じて、DVDを買ってしまいました。で、その日のうちに見ました。 |
「竹林軒出張所」選集
キックの鬼
『昭和子どもブーム』を読んで以来、昭和レトロにはまっている僕であるが、もちろん昭和レトロといっても子どもの頃ほぼ体験していることばかりなので、レトロ感覚を味わうというよりも懐かしさに浸るという感覚である。
そういう僕が最近図書館で借りてきた本が『ザ・テレビ欄 1954~1974』と『ザ・テレビ欄 1975~1990』で、この本には、1954年から1990年までのテレビ番組表(新聞のテレビ欄)が半年ごとに1週間分ずつ掲載されている。つまり半年単位で、どのようなテレビ番組が1週間放送されたか確認できるようになっている。ほとんど元々の新聞からコピーしてきただけのような本(若干のコメントが付加されているが)で、それこそほとんどの人には役に立たない本だが、僕はこの本をペラペラめくりながら非常に感動したのである。テレビっ子だった僕にとって、これはまさに子ども時代を甦らせてくれるツールである。その当時のいろいろなこと(生活や環境)が思い出されて、大げさに言えば涙が出そうなほどであった。
ま、それでTBS系列月曜日19:00から放送されていた『キックボクシング』という番組に目を留めたんだが、1974年10月14日放送分が「富山勝治対ビラチャイ・ホーマチャイ」というタイトルになっていた。富山勝治はともかく、ビラチャイ・ホーマチャイという名前はまったく記憶がなかったが、その連想で突然「ルンロード・ホーマチャイ」という名前を思い出した。確かルンロード・ホーマチャイという名前のムエタイ選手がいたよなとふと思い出し、ネットで調べてみると、案の定、沢村忠と対戦していた。やはり記憶違いなどではなく、実在していたのだった。ずっと頭の表部分から消えていたにもかかわらず、番組表を見て甦った記憶である。つまり深層心理の部分(脳内の海馬領域の奥の方か?)に残っていた記憶ということになろうか。
さて、このTBSのテレビ番組『キックボクシング』であるが、『ザ・テレビ欄』の記述によると1968年10月から月曜19:00に登場しており、78年10月が最後になっている。ということは79年3月までの放送か。事実79年4月からは『クイズ100人に聞きました』に替わっている(今Wikipediaで調べたところ「1968年9月30日から1979年3月26日まで」ということである)。この番組を牽引したのは、「キックの鬼」沢村忠であり、沢村忠については、彼をモデルにしたアニメ(『キックの鬼』)まで登場し、当時の子ども達にとっては非常に馴染みのある人であった。
当時、沢村忠と言えば、とにかくやたら強く、放送ではめったに負けることがなく、今考えると格闘技の世界ではありえないことのようにも思えるのだが、実際に非常に強かったらしい。しかも毎週のように試合をさせられていたというのだから恐れ入る。もちろん毎週キックボクシングの試合をやるとなると、強い相手とばかりやっているわけにもいかず、そのあたりはマッチメークが巧みだったらしいが、それでも手強い相手にも勝ち続けていたらしく、やはり相当な実力者だったと逆に今になって思う。その沢村選手であるが、非常に記憶に残っているのが、チューチャイ・ルークパンチャマという強い選手にボコボコにされ、KOされてのびてしまった試合である。それからしばらくして沢村選手が失踪したらしいが(僕の周辺でも沢村が精神病院に入ったとかいろいろな噂が流れていた)、そういうこともあり、このチューチャイという名前と共に、件の試合は鮮明に覚えているのだった。
 で、ちょっとこのあたりの事情もネットでいろいろ調べてみたんだが、沢村選手がチューチャイ選手に負けたとき、すでに引退を希望して数年経っていたところで(沢村本人がすでに限界を感じていたらしい)、しかも相手は階級が上(沢村がライト級、チューチャイがウェルター級)だったということで、ちょっと無理なマッチメークであったらしい。しかも毎週のように試合があって満身創痍だったようで、そういうことを考え合わせると、「キックボクシング」という興行自体が、沢村選手にちょっと依存しすぎだったんじゃないかと思う。だが一方で沢村選手が選手生活の最後の方にリングに這いつくばるようにして朽ちていった(少なくとも僕はそういう印象を持った)というのは、格闘家の生き様を見せつけてくれたとも考えられるのではないか、今にして思えば。彼がリング上で息絶え絶えになっていたのは、当時子どもだった僕にとってはちょっとショッキングではあったが。(「失踪」云々についてだが、2年後再び沢村選手がプロモーターのもとに現れたそうで(脳の障害などの)噂はすべてデタラメであることが判明した。なかなか引退させてもらえなかったので実力行使に踏み切ったんじゃないだろうか。沢村さん、現在もお元気なようだ)
何でもこのあたりの事情を紹介している本もあるようだ(『真空飛び膝蹴りの真実―“キックの鬼”沢村忠伝説』)。そのうち読んでみようと思っている。それから当時の彼の試合も今の視点で見てみたいという気もする。DVDも出ているようで、こちらも機会があれば是非という感じである。
2011年1月、記
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「竹林軒出張所」選集
『真空飛び膝蹴りの真実 “キックの鬼”沢村忠伝説』(本)
真空飛び膝蹴りの真実 “キックの鬼”沢村忠伝説
加部究著
文春ネスコ
先日予告したように(上記『キックの鬼』を参照)、『真空飛び膝蹴りの真実』、読みました。
著者の加部究はサッカー記者。なんでサッカーの人が沢村忠の本を書いているのかは知らないが、いかにもスポーツ本という感じで、読み物としてはよくまとまっていた。
ただ全体に渡って沢村忠を持ち上げる記述が多く、これを読むと沢村が、常に周りに気を遣い、謙虚で慢心せず、武士道を貫く武道家であったというような印象を受ける。もちろん実際にそうだったのかも知れないが、ちょっと脚色が、というか著者の思い入れが激しすぎるんじゃないかとも思う。まあスポーツ読み物にはこういったものが多いのも事実で、エンタテイメントの要素が必要なのもよくわかる。だがノンフィクションとして見るならば、ちょっといかがなものか……とも思う。
さて内容であるが、沢村忠がキックボクシング界に身を投じてから引退するまでを、試合内容を中心に描いていくというものである。プロローグに続いて、沢村忠が野口修に勧誘されキックボクシングという新しいスポーツに参入するところから話が始まる。この辺の事情は、アニメ『キックの鬼』でも詳しい(私の記憶が確かならば)。実際途中までは、ほとんど『キックの鬼』で見知った内容とかぶる。「途中までは」というのは『キックの鬼』が71年までの放送だったためで、この本では77年の引退、その後まで記述がある。沢村が身体の限界を悟りながら、日本のキック界のためと満身創痍で選手生活を続けていたことや、突然身を消したときの事情、その後自動車修理工の見習いをしたことなど、一般的にあまり知られていないことも紹介されており、内容は充実している。また記述も平易で大変読みやすい。だがやはり、少し持ち上げすぎじゃないかと突っ込みを入れてみたくもなるのだ。とにかくこの本に登場する沢村は、あまりに立派であまりに潔く、こんな高潔な人間が存在するのかというような、それはそれはすごい人なのである。そういうわけで、読むときはそれなりに割引しながら読むのが吉ではないかと思うがいかがだろう。
いずれにしても、この本を読んだせいもあって、とにかく沢村の実際の試合の映像をもう一度見たいという気持ちが高ぶってきた。いずれDVDを何とか入手して……などと考えている今日この頃である。この本を読もうという方は、そのあたりまで覚悟を決めて臨まれたし。ちなみに沢村忠の歌声は、『キックの鬼』のテーマ曲、「キックの鬼」と「キックのあけぼの」で聴くことができる。いろいろCDも出ている(『オリジナル版 懐かしのアニメソング大全(4)』など)が、『懐かしのミュージッククリップ27 キックの鬼』が圧巻かも(ちなみに後者のCDは聴いたことがないので内容については保証できません)。
★★★☆
2011年2月、記
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「竹林軒出張所」選集
買った、見た、ふるえた……キックの鬼 最終章
先日からキックボクシング付いている私でありますが、ついに異常な関心が高じて、DVDを買ってしまいました。で、その日のうちに見ました。
前回までの経緯
1. 『キックの鬼』
2. 『真空飛び膝蹴りの真実 “キックの鬼”沢村忠伝説(本)』

沢村忠のDVD
今回買ったのは『“キックの鬼” 沢村忠/真空飛びヒザ蹴り伝説』というDVDで、定価は5,000円。5,000円という価格については、一般的なDVDの価格帯であり、さして高価というわけではない。しかしDVDを買うという習慣があまりないので(DVDは借りるものという勝手な思い込みがある)購入を決めるまで多少逡巡したが、ここは一発、清水の舞台から……もとい、動きの中から真空飛びヒザを狙うような心境で(「思い切って」と言う意味合いです)購入に踏み切ったというわけだ。というのも、あちこちのレンタル・ショップを探してもどこにも見当たらなかったためで、それにこのDVDの性格上、近所のショップに入荷する可能性というのもきわめて低いだろう。また、発売が2003年であることを考え合わせると、ヘタをすると絶版になって今後見る機会が途絶えてしまう可能性すら頭の中でちらついたのである。今の僕にとって5,000円は小さくないが、こういうところは意外に思い切りが良い。
沢村忠登場!
さて、届いたDVDを再生すると、なんといきなり現在(2003年時)の沢村忠が登場する。今でも「健在」とは聞いていたが、映像とは言え普通に動きしゃべっているところを目にすると何とも感無量である。その沢村氏が、これから自分が選出した8戦を紹介していくとおっしゃる。どれも本人にとって思い出深い対戦だったとのことだ。そのラインアップは次の8試合。
1 対サマン・ソー・アディソン(66年6月、渋谷リキパレス)
2 対ポンチャイ・キャッスリア(68年9月、タイ・ルンピニー・スタジアム)
3 対モンコントン・スィートクン(69年6月、日本武道館)
4 対サネガン・ソーパッシン(72年10月、後楽園ホール)
5 対梅木清光(73年8月、後楽園ホール)
6 対ナムカブアン・クロンパチョン(73年10月、富山市体育館)
7 対コングパタピー・スワンミサカワン(75年1月、後楽園ホール)
8 対チューチャイ・ルークパンチャマ(75年7月、後楽園ホール)
沢村がのびてしまったあのチューチャイ戦(『キックの鬼』を参照)も含まれている。しかしなんと言ってもすごいのがサマン・ソー・アディソン戦である。これは空手家時代の沢村が、ムエタイ選手と異種格闘技戦を行った試合で、1戦目は何とか勝ったが、2戦目(つまりこの試合)で強敵と当たってボコボコにやられたという試合である。よく映像が残っていたなという類の伝説の一戦なのである(そういうわけで他の試合と異なりダイジェスト版)。
この試合で沢村は16回ダウンを喫しており、試合後は、全身を37箇所打撲し、後頭部も陥没していたらしい。入院してから高熱が一週間続いたらしく、プロモーターの野口修は沢村の再起不能を悟ったという(『真空飛び膝蹴りの真実』より)。そういうエピソードは別にして、純粋に異種格闘技戦としてこの試合を見ると、空手着姿の沢村が、勝手の違うルール、対戦相手によく健闘しているのがわかる。いかにも空手家らしい一発狙いの戦い方で、柔軟なムエタイ式の戦い方に手こずってはいるが、それでも序盤は対等に闘っている。だがやはり1ラウンド3分×複数ラウンドという試合形式が堪えたようで、回を追うごとにスタミナが落ちてくるのがよくわかる。ボクシング式のスタミナさえしっかり付けられれば、この状態でも十分ムエタイと戦えるのではないかと思わせるようなポテンシャルの高さをうかがわせる。そういう試合であった。
DVD第2戦目のポンチャイ・キャッスリア戦も、伝説の闘いと言って良い試合である。この試合は、アニメ『キックの鬼』で劇的に紹介されているカードで、アニメでは、熱戦のために最後はヘトヘトになった両者が、立て膝を付いた状態で殴り合い、タイムアップ後は涙を流しながら健闘をたたえ合うという感動的なシーンだった(ような記憶がある)が、その実写版というかオリジナルの映像がこれである(これもダイジェスト)。これも今回初めて目にした。ただ、アニメのような劇的な感動シーンはもちろんなく(梶原一騎作りすぎ!)、もつれる場面が非常に多く、いかにもムエタイという試合であった。沢村はアグレッシブで気持ちの良い戦い方ではあるが、テクニック的にはもう一つという印象を受ける(この試合は引き分け)。
沢村選手の印象
実はこのDVDを見る前は、現役のK-1選手なんか目じゃないくらいおそろしく強い沢村忠を想像していたのだが(『真空飛び膝蹴りの真実』の影響、記述がオーバーなんだ!)、映像を見て大分印象が変わった。まず、特にキャリア前半だが、パンチがいわゆる猫パンチ風で、あまりさまになっていない。キックはしなやかかつ強力で、キック系の選手というイメージである(キャリア後半では非常に良いパンチをはなっている)。また、ガードがかなり甘く、パンチをかなりもらうタイプの選手であると思った。それを示すように、サネガン戦、コングパタピー戦は殴られてフラフラになりながらの闘いで、とにかくパンチをもらいすぎという印象である。一方で、攻め味が強く、打たれても打たれても前に出るというファイターでもあり、そのためもあって壮絶なノーガードの殴り合いというパターンが多く、見ていて非常に面白い。今はいないタイプの選手である。人気の秘密はこのあたりにもあったのではないかと思う。
また、必殺技の真空飛び膝蹴りであるが、アニメの「一点をめがけて飛ぶ」というイメージではなく、ジャンプして膝を当てるというイメージである。確かに膝が顔に当たるだけで強烈なダメージがあるはずで、それを考えるとこれだけで必要十分と言える。DVDには、真空飛び膝蹴りのフィニッシュ・シーンを集めたダイジェスト映像もあって、その迫力を堪能できる。キックボクシングでは、ヒジ打ちも認められており、ヒジ打ち、飛び蹴り、飛び膝など、今の打撃系格闘技よりも、凄惨なシーンが多いように感じた。沢村からハイキックを受けたタイ人選手が目を向いている映像なんかもあった。
ともかく、沢村という選手は非常に絵になるファイターであるということが、今回あらためてよくわかった。それぞれの試合は、石川顕アナウンサーの実況と寺内大吉の解説が入るが、副音声では沢村自身が解説していてこれも興味深い(聞き手の舟木昭太郎が少し鬱陶しいが)。また「寺内さんの採点」が全然なっていないのも今回のDVDで確認できた。このように隅から隅まで非常に楽しめるDVDで、十分堪能することができたのであった。満足いたしました。
「キックの鬼」シリーズ 完
2011年2月、記
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